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建野友保「宅急便を作った男 小倉昌男の福祉革命 障害者『月給1万円』からの脱出」


先月末、仕事でクロネコヤマトの方に会う機会があり、不在票の両脇についたギザギザが視覚障がいのある方のための秘密であるということを知りました。

視覚障がいを持った社員が、友達から「不在票だと分からなかった」という話を聞き、会社に提案して、いろいろ方策を検討した結果、このギザギザを採用したのだそうです。

この本は、そんな文化があるクロネコヤマト株式会社の宅急便事業をつくった小倉昌男氏が、会長退任後にヤマト福祉財団を立ち上げて取り組んだことと、その取り組みにかける思いが綴られています。
財団を作った当初は、障がい者のために役立つことをしたい、という思いはあったものの、では具体的にどんなことをしようか、というイメージがあったわけではないといいます。
財団を立ち上げた2年後に阪神淡路大震災が発生します。多方面で大きな被害が発生したわけですが、中でも、障がい者が通う場として運営されている作業所の被害は大きかったそうです。そこで小倉氏は共作連(共同作業所全国連絡会)に寄付をするとともに、様々な作業所の現場を見て回るようになりました。

障がい者の就労というと、大きく分けて2つ、一般就労と、福祉的就労に分かれます。一般就労とは、普通の会社で働くこと、福祉的就労は、就労継続支援A型事業所やB型事業所で訓練しながら一般就労を目指す(場合によっては、ずっとそこで仕事をする)といったことになります。居場所的な要素のついよい、地域活動支援センターⅡ型やⅢ型に通って作業することも福祉的就労になります。

この本が書かれたのは、まだ障害者総合支援法が成立する前の話、なので、就労継続支援事業所は出てきません。ですが、この本の中で「月給1万円」の状況を変えたいといって小倉昌男氏が取り組んだのが作業所の経営改革で、現在でいう、就労継続支援B型事業所、地域活動支援センターⅡ型やⅢ型になります。
因みに就労継続支援A型事業所は、雇用契約を結ぶことになっているので、最低賃金以上なので、月給1万円ということはありません。

小倉氏の話に戻りますと、作業所を見る中で、月給の低さに驚きます。1万円は良い方で、もっと低いところもあることを知りました。どこも同じようなものを作り、バザーで売っています。買う方も、障害者が作っているから、と言って、かわいそうだから、という感じで購入します。それは違う、福祉でも儲けなければ、と考えるようになったといいます。

実は子どもの頃、近所の福祉施設で、バザーが行われるというので、母親に連れられて行ってきました。そこで、障がいのある方が一生懸命、製品の説明をしてくれました。パスタサーバーを見せながら、
「これはスパゲティが茹で上がった時にすくい上げるものです。1,300円です」
とか、竹の節のところで切り取って、半月型の切り込みを口にして、顔を描いたものを見せて、
「これは貯金箱です。この口からお金を入れます。私たちが作りました。500円です」
と、話をしてくれました。
その時どんな風にその場を離れたのかは思い出せないのですが、ずっと心残りで、家に帰ってから、一生懸命説明してくれたから、買いに行きたい、と言い、一人でもう一度行って、貯金箱を買いました。
500円は私にとっては大きな額でした。本当に欲しくて買ったわけではなくて、一生懸命説明していたのに、買わないのはかわいそうだ、と思ったから買ったのだということが自分でも分かっていました。
その貯金箱をその後どうしたのかは思い出せないのですが、「障がい者が作っているから、かわいそうだから買おう、というのはもう絶対にやめよう」ということを決意したのです。
だから、かわいそうだから買う、というのを狙うのは違う、と思います。もちろん余裕があればいくらでも「かわいそうだから買う」を続ける人もいるのかもしれませんが、そういう人ばかりではないかもしれません。それに、かわいそうだから買う、という気持ちで買われて、作った人がそのことを知ったらどう思うでしょうか。なので、小倉会長の考え方にとても共感しました。

月給を上げるためには、まずいくら支払うかを決めて、そこから逆算しなければいけない、経営の考え方でいかなければいけないということで、全国の作業所を対象に、セミナーを開催します。どういう風に商品を作るか、そしてどうやって売るか。クロネコヤマトで培った知見が、惜しげもなく提供されたわけです。しかも受講料も無料、全国各地どこからでも、交通費も支給してもらえる形でした。

さらに、実践して見せなければいけないと考えて、パン製造を始めることにしました。アンデルセンやリトルマーメイドを運営するタカキベーカリーの冷凍生地を用いて、成形して焼き上げたパンを提供するスワンベーカリーを立ち上げました。

このセミナーを受講して全国各地で様々な取り組みを行う事業所が出てきて、後半ではそのいくつかも紹介されています。千葉市にあるオリーブの樹もその一つです。
実はオリーブの樹は、私が通っていた中学校の最寄り駅の近くにあり、何度か購入したことがありました。小さな袋に入り、かわいいシールが貼られ、200円くらいだったかと思います。最初はどんな感じかな、みたいな気持ちでしたが、その次以降は、おいしいからまた買おうと思いました。
代表の加藤氏は、あのクロネコヤマトの宅急便を作った人の経営講座を無料で受けられるのはすごい、と思って受講したそうです。
2022年にはお米のジュレを使い、地域の酪農家と連携して作ったアイスクリームを開発し、新聞に掲載されているのも見ました。

昨年度はヤマト福祉財団の表彰も受けたみたいです。動画では、加藤氏の利用者の方たちに働く喜びを知ってもらいたい、という思いが伝わってきます。

他にもいくつかの取り組みが紹介されていて、その部分も興味深いです。

この本は、小倉昌男氏を知る様々な人から、小倉氏の様子をインタビューしていて、その一人に、オリックス会長の宮内義彦氏もいます。
「今までの工業化社会はマスプロダクションなんです。安いものをたくさん作ればいい時代には、黙々と働く人たちがずらっと並んでいるほうがいい。でも、これからの脱工業化社会は知識創造型でないといけない。それには立派な大学を出た若者だけ集めてもダメで、いろんな異質の知恵がいるんですね。そうでないと会社も社会もよくならない。いろんな人間が職場に混じれば、お互いに刺激し合って、新たな知恵が生まれてくるんです」
就労施設で働き続けることも大事ですが、そこで働く習慣を身につけた後は、一般企業に就労するという流れができるのが理想だと思います。法定雇用率も上がっていますが、雇用率に達してない事業者も少なくありません。
理想論かもしれませんが、法定雇用だから雇うじゃなくて、宮内氏のような発想で雇用する、それぞれの特性を活かしてチームとして仕事をする、という発想があればいいのにな、と思います。
そもそも、健常者と分類される人たちにも、様々な特性があります。
私は注意力が必要な仕事は苦手です。周りの動きや感情は気になってしまうけれど、チームの状況を見るのは得意だと思います。文章を書くのが好きだけど、図表で示すデザインはとても苦手です。ゼロから作るのは苦手ですが、アレンジしたり、その目的にあった本当の形に整えたりする部分では力を発揮できるのかなと自負しています。
窓口や電話での応対が得意な人もいれば、厳密さを求められる仕事が好きな人もいる。繰り返しの仕事を黙々と集中できる人もいる。本当に様々です。
障がい者だから特別、というのは違うと思います。障がい者雇用なんて、無理、という人は、ちょっと自分の考える枠から外れた人は、全部、無理、ってしているのではないかな、と勘繰ってしまったりしてしまいます。
とはいえ、私もまだ語れるほど、一緒に仕事をする経験があるわけではないので、何とも言えませんが、最初から、無理、ということだけは言いたくないと思います。

昨年の5月に、県内の「恋する豚研究所」というレストランに行ってきました。ここを運営している社会福祉法人福祉楽団も、ヤマト福祉財団小倉昌男賞を受賞していました。

このレストランは就労継続支援A型事業所なので、工賃ではなく、障がいのある方との雇用契約を結んでいます。月給10万円を目指しているそうですが、2019年の日本財団の記事ではそこまでいっていないということですが、それでも、全国平均よりは1万円以上上回っています。

ランチに行った時は、平日にも関わらず県外の車もたくさん停められていました。色とりどりの野菜がとても美しい、ちょっと私にはボリュームが多かったけれど、丁寧につくられた食事で、素敵な時間を過ごせました。

こちらも先に月給10万円をめざしたい、そのためにはどうすればよいか、という考え方で作り上げてきたのだ、ということがよく分かります。

市役所にいるとそういう発想がなかなかできないのですが、コスト意識を研ぎ澄ませて、業務を切り出し、つなげ、一緒に働く障がいのある方の障がいがどんなものであっても、特性を活かしてもらえるように、考えたいと思います。仕事はお金をもらえることも大切ですが、自分が役に立っていると感じながら働けるということもとても大切だと思うから。

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