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昔の恋を思い出すとき

昔の恋を思い出すことがよくある。

いや、仕事柄、である。個人作詞家として仕事を請け負っている私は、よく、恋愛の歌詞も求められるので、かつての恋の味を反芻する必要があったりもする。

人間40年も生きていると、酸いも甘いも嗅ぎ分けてしまって、夫に惚れ直す機会もなければ、不貞を働く気もないので、特に浮き足立つことが全くない。

恋しているときのあの独特な感覚を味わうことが無いので、過去に思いを馳せるしかないのである。

一番後悔している恋があって、それを書きたいと思った。

そうこの記事は、最終的に、誰も求めていない私の「やれたかも」話に終着するので、よろしくお願い致します。

同学年の友人たちが卒業するのに合わせて大学を中退した翌年23歳のとき、音楽専門学校に通っていた私。

当時、大学からのサークル同級生と4年もお付き合いをしていた。ピュアな私は結婚したい!とすら考えていたが、彼は完全に惰性だった。

気持ちのこもってない体の関係を始めて体験して、すこぶるショックだった。なんというか、一緒にいても、ただただ空虚だった。後にも先にも進めない感じ。あれは辛かった。

そんな時期に衝撃の出会いがあった。

専門学校で作曲学科と交流の機会に恵まれて、私はある男子学生がコンペ用に作った曲の作詞を行うことになり、制作ミーティングが行われた。ちなみに私は本来ボーカリストであったので、歌がメインの仕事なはずだったのだが。

その場に、ギターを抱えた別の男子学生がいた。この学生、K君がもう、鬼のようにイケメンだった。キリッと釣り上がる目元、彫刻のような鼻筋、薄い唇、そして「俺は自分の求める至高の音楽以外には興味がありません」と言わんばかりに、全く視線が合わないあの感じ。

好みのタイプすぎて、息が上がった。

人生で、あれよりもわかりやすい一目惚れがあっただろうか(正確に言うとあった、19歳の時に今の夫を初めて目にした時)。すごくわかりやすく一目惚れをしてしまった。かっこよかった、とにかくかっこよかった。

K君はギターが弾けるボーカリストで、とんでもなく素敵な曲を書く人だった。歌も上手かったし、歌詞も良かった。プロを本気で目指してる人ってこんなカリスマ性あんの!?と、それまでほぼ大学の軽音サークルでコピーバンドを主にやってた私は、腰を抜かした。

♪会えない夜には星を捕まえて君に届けよう

みたいな曲だったと思う、あんなに好きだったのに、うろ覚えで書いている。たぶん全然違うから、と叱られるレベル。

私がここで文字にしてもふざけてるようにしか見えないが、月々、K君のバンドのライブを見に行って、付き合わせた友達にその夜一晩K君の良さを語り、ギュンギュンになった、そんな楽しい日々だった。

しかしその時私には彼氏がいて、関係は惰性なのにも関わらず、別れられずにいた。共通の友達も多く、彼氏でもあり仲良しグループの一員でもあったので、なんとなく言い出せなかったのである。従って、思い切った行動に出ることができなかった。

ある日、例の作詞を依頼された曲を作ったH君からお酒の席に誘われた。H君とは笑いのツボが合いかなり仲良しになっていて、ちょくちょく一緒に食事したりお茶したりして遊んでいたので、私のギュンギュンな気持ちも話していたはずだ。なんとお酒の席にはK君も呼ぶというではないか。

二つ返事でオッケーした。その日は気合も入った。なのにまだ彼氏とは別れてなかった。なので私は思考を巡らせ「彼氏とうまくいってないわたし」を猛アピールすることに決めた。

彼氏がいないモテない女子より、彼氏はいるけど上手くいってない女子のほうが、なんかイイ気がしたのだ。出来れば次の彼氏が確定してから別れたいとさえ思っていた。控えめに言って最悪だけど。

学校の近くの居酒屋で、曲作りの打ち上げと称した呑み会で、何を話したのか、どんな雰囲気だったのか覚えていない。ただただ、私は彼氏と上手くいってない、という話をしたことは確かだ。たぶん楽しかった、と思う。ただK君とはあまり仲良くお話できる感じでは、終始、なかった。なんだか緊張してしまって話せないし、K君もだからと気を遣って盛り上げてくれる感じでもなかったのだ。きっと私に興味がなかったに違いない。

今思うとこの、私に「興味のない感じ」というのが、ツボだったんだろうなぁ。

終電も近くなり、お開きとなった。H君は気を利かせてか、私とK君が行く道とは逆方向に帰宅して行った。

私と、いつものようにギターを背負ったK君は2人で並んで駅までの道をゆっくり歩いていた。私は相変わらず彼氏の愚痴の続きを言っていたと思う。いい加減しつこかっただろう。今は申し訳ない気持ちだ。

もうすぐ駅、というところ、K君が会話の中で突然、言った。

「俺はぜんぜんオッケーですけどね」

ん?なに?急になに?と思ったら続けた。

「Yuuさんだったら俺はぜんぜんオッケーだから、いつでも俺に来ていいっすよ」

ああ、今思い出しても震える。もしかしたら夢だったのかもしれない。

私は立ち止まって、一歩近づき、彼の胸に顔を埋めた上で「じゃあ、甘えちゃおっかな…」と、上目遣いで彼の目を見た…わけもなく、

歩みを止めずに、

「マジっすかwwwwどぅふふwwww」

と誤魔化してしまった。そして普通に帰った。おい。まじでシね私。

さらに帰った先が彼氏の家だった。なんなんだこいつ。

私に興味がない彼氏の横で、はうああああ!と胸をドキドキさせながら、友達とメールで今日あったことを話し合っていた。重ね重ねシんでしまえ私。

その後、K君とは一緒に何度かバンドでセッションなどしていたが、一向に何もなく。

というのも「俺に来ていい」発言の時期と被せて、あちらには彼女が出来てしまっていて、その彼女が年下のダンサーで細身のアイドルみたいに可愛い子で、さらに友達の妹で、その子が「K君がヒニンしてくれない」と悩んでいる話を人伝に聞いて、その一連で一気に冷めてしまい、目の保養として時々見かけるだけで充分…という対象に変わってしまった。

彼女になってヒニンされない未来があったかもと思うと「うへええ」と思うけど、あの夜だけは思い出に、キッスのひとつでもしてもらったらよかったなぁ…と今も思わずにはいられない。

そんな淡い恋も、もう20年近く前の話ですか。

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