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結婚生活にだけコミットするとロマンスがなくなる

いつまでも付き合いたての頃のような情熱とロマンスある結婚生活を送りたい。

結婚している人ならば、誰もが一度はこう思ったことがあるだろう。僕は今年で結婚3年目を迎える。まだまだ結婚歴は浅い。

しかし、そんな僕でも一つだけ気づいたことがある。

いつまでも愛のある結婚生活を送りたければ、結婚生活にだけコミットしてはいけないということだ。

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「毎日、退屈なの。もちろん育児や家事もあるから、100%退屈じゃないわ。でも、何か物足りないのよ」

子供が1歳の誕生日を迎えた後から、妻はこう言うようになった。怒涛の育児1年目を終え、精神的に少し余裕が出てきたんだろう。この頃の僕たちの関係性は、お世辞にも良いとは言えなかった。

小さなケンカこそ今でもよくするが、当時は互いの心を傷つけあうようなケンカをよくしていた。

ケンカをしたときは手紙を書いて、互いの頭をクールダウンさせるが、一度だけたった1文が大きく書かれた手紙をもらったことがある。

”I love you, but I hate you(愛してるわ、でも嫌いでもあるわ)”

当時は何が原因なのか見当もつかなかった。若いなりに互いに必死に努力をし、幸せな家庭を築こうとしていた。

子供を幸せにするのはもちろんだが、僕は彼女を、彼女は僕を幸せにしようと必死だったのだ。それが2人の距離を離している原因とも知らずに。

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アルゼンチンに移住してから2年間、僕と彼女はいつも一緒だった。同じ時間に目を覚まし、ランチを一緒に食べ、昼寝を共にし、仕事が終われば一緒に夕食を食べ、夜の散歩に出かけて眠りにつく。

仕事中以外は、文字通り僕と彼女は全ての時間を共有していた。初めはこれ以上ないほど幸せだった。1万8千キロの遠距離恋愛に終わりを告げ、ついに2人は一緒になれたのだから。

おとぎ話で幸せになった王子様とお姫様の気分だった。でも、困難を乗り越えた2人の幸せな生活は、徐々に「依存」という悪魔にむしばまれた。

無意識のうちに僕たちは依存し合っていたのだ。もちろん、パートナーを頼るのは悪くはない。しかし、依存と頼るは違う。

依存とは、何かがないと生きていけない状態のことだ。特定の何かがあることによって完成されているとも言える。

彼女に依存していた僕は、まさしく彼女なしでは生きていけない状態だった。妻も同じだ。

恋愛関係における依存の恐ろしい点は、依存をポジティブに捉えてしまうことである。

僕たちもよく「君がいないと生きていけないよ」や「あなたがいない世界じゃ生きていけないから、あなたより早く死にたいわ」、「君がいないと眠れない」など言っていた。

今ならはっきりと言える。僕は彼女が死んでも生きていける。もちろん一生悲しむだろうし、しばらくは立ち直れないかもしれないけど、それでも僕は生きていける。彼女も僕がいなくても生きていけるし、生きていかないといけない。

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互いに依存していた僕たちに転機が訪れたのは、突然のことだった。妻が親友の誕生日祝いにクラブへ誘われたのだ。

それまでに何度か誘いはあったが、彼女は何かと理由をつけて断っていた。

だが、僕は半強制的に彼女にクラブへ向かわせた。理由は彼女の大親友の誕生日パーティーであり、毎日家にこもり育児をしてくれている彼女のリフレッシュになると思ったからだ。

その日、彼女はクラブで踊りあかしてきたようだ。久しぶりにお酒を飲み、友達と思う存分楽しめた時間。結婚生活2年目にして、初めて自分だけの時間を持てたのだ。

それは僕も同じだ。意外なことに、夜泣きをすることもなく、息子はぐっすりと眠った。僕はお酒を飲みながら、一人で日本のお笑い番組を観ていた。彼女が理解できないからと、観るのをずっと遠慮していた番組である。

そして、自分でもびっくりするくらい眠れた。ベッドに入ったときは、彼女がいないから寝れないなとソワソワしていたが、そんなことはなかった。彼女がいない分、ベッドにスペースができたためか、いつも以上に熟睡できた感じさえした。

明け方に戻ってきた彼女は、寝不足だろうに笑顔で溢れていた。ベッドで眠っている僕に、飛びついてきたのだ。

「今帰ってきたの?楽しかった?」と寝ぼけ眼の僕は言う。

「とっても楽しかったわ!アンヘラが酔っぱらって大変だったのよ。踊りながらコケるし、帰り道にホットドッグ5つも注文していたんだからね!」

「楽しかったみたいだね。なんでアンヘラそんなに酔っぱらったの?主役だから、たくさん飲ませたとか」

「そんなわけないじゃん!テキーラ飲んで、ダンスを繰り返してたから酔いがすぐに回ったのよ。あなたは何してたの?」、笑いながら彼女は言う。

「ほら、僕の母親が日本のお笑いDVD送ってくれたじゃん。せっかく一人だから、それを観ていたんだよ」

彼女と別々の時間を過ごしたのは久しぶりだった。いや、結婚して初めてかもしれない。数時間別々に過ごしただけなのに、会話が大いに盛り上がった。

僕の知らない彼女の話を聞く、彼女の知らない僕の話をするのは、とても素敵だった。

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これをきっかけに、僕たちは自分だけの時間を持つようにした。自分だけの時間を持つとき、僕たちは結婚する前のように自由だ。

結婚生活にだけコミットするあまり、僕たちは進んで鳥かごに入り、入り口を閉めた2羽の鳥になっていた。そんな2羽の鳥は、今では自由に鳥かごから飛び出す。

結婚生活を良くする、相手を幸せにしようとするならば、まずは自分を幸せにしないといけない。

健全な愛とは、相手に依存することではない。相手を束縛することでもない。相手を深く愛しつつ、同時に適度な距離感を保つことである。

恋人と距離感を保ったり、完全なプライバシーを与えたりすることは、大きな努力が必要である。しかし、相手と過ごす時間が長くなるほど、情熱やロマンスは自然に生まれなくなる。

だからこそ、努力をして情熱とロマンスは生み出し続けなければいけない。情熱を計画的に生み出すためには結婚生活、相手の幸せにだけコミットしてはいけないのだ。

自分だけの時間を大切にする、プライバシーが2人を親密にする。それが、結婚3年目の僕たちが学んだ一生もののレッスンだ。

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