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【読書記】「太平天国 皇帝なき中国の挫折」(そして黒旗軍へと…)

ゴールデンウイーク読書週間(もう月間?)読書記第三弾、今回はこちら「太平天国 皇帝なき中国の挫折」(岩波新書)です。

「秘密結社」大躍動、としての太平天国の乱

「何でまたいきなり太平天国?」と思われるかもしれません。実は、こちら少し前にnoteで紹介した「現代中国の秘密結社」著者安田峰俊さんと、今回紹介する「太平天国」著者の菊池秀明氏が対談をしておりまして(以下ツイート先参照)、こちらを見て二つともセットで読んでみたいなあと思っていたところなのです。

当時まだ中国に伝えられて間がないキリスト教の教えを、科挙に合格できず悲嘆にくれていた洪秀全は自身で解釈し、独自の教義を展開。そこでできた「上帝会」はまさに「新興宗教」。そんなある種の「秘密結社」が清王朝を脅かし、周辺各国が折衝するにまで巨大化した、そんな太平天国の内情に深く切り込んだ本著は、「現代中国秘密結社」で出た内容と強く連動性がありました。

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そしてこの太平天国の乱が、その起源をベトナムのすぐ北隣、広西壮族自治区に遡れるということを改めて思い出し、ベトナムの近くで始まったこの反乱が清王朝を脅かすまでに至ったところに、変な親近感も感じたことも、本著を手に取った理由の一つ。上記地図のマークがある場所が、太平天国の乱が始まったとされる「金田起义」が起きた金田村の位置です。目と鼻の先、とまでは言いませんがかなり地理的に近いです。

結局また中央集権的体制に戻った太平天国

太平天国を巡る中身については、ここで一言で表すのは難しいですし、是非本著、加えて上記President誌の対談記事を読んで頂くのが面白いと思います。ここでは印象に残った点を幾つか紹介します。

まずは、サブタイトルの「皇帝なき中国の挫折」にもあるように、著者の中心的な問題意識でもある「太平天国が従来持っていた分権指向の統治体制がなぜうまく機能せず、なぜやはり究極的には中央集権的なものに回帰しようとしてしまったのか?」というところでしょう。「兄弟」という名のもとに、それぞれが「王」を名乗る分権的体制を持っていたはずなのに、やはり権力争いが王間で起き、それを調停すべき術を洪秀全は持ち合わせていなかった。その結果「やっぱり中国は中央集権的体制でなきゃ」と後世の人たちに思わせてしまったと同時に、分権指向だった太平天国の失敗には何か現在の中国に向けても教訓・示唆があるのではないかとも著者が論じています。

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異なる出身地同士の派閥はいつの時代も…

またその中のミクロ、でも重要な要素として、反乱当初からの太平天国軍を支えていた「田舎者」広西勢力、北上するにつれてその人数が増していった湖南勢、更には当時の大都市である南京にいる洗練された「読書人」たちといった、異なる地域・社会層の人たちの集合と軋轢です。こういった異なる人々を包含するような体制を築くことは、元々困難なことでしょうがやはり太平天国でも簡単ではありませんでした。

創始者ファミリー、「老兄弟」とも言える広西人を中心とした指導者層は、知識人層を取り込むことができずに他の社会グループと溝が生まれ、このことは破竹の勢いで領土を広げた後の行政統治でつまずく事態を生み出します。言葉一つとっても相当違ったでしょうしねえ、統合は容易ではないと想像されます。

「中国にキリスト教国家誕生!?」の衝撃と失望

そして、この太平天国の台頭を、中国への浸透を着々と狙っていた欧米諸国がどう見ていたか、という点もとても興味深かったです。欧米各国がアジアにおいて植民地支配を広げていた時代、その動きとキリスト教宣教師たちの動きは歩調を合わせるものでした。そういった中で少しずつキリスト教の考え方が中国にも伝わる中で起きたのが太平天国の乱でした。

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当初「おぉっ、あの中国もキリスト教国家になるの?すごくない!?」とある種の期待を以て太平天国にアプローチした欧米各国が、実際に太平天国の王たちと協議し、また聖書解釈について議論したりすると、それが非常に独自の解釈の下に成り立っており「うわーっ、何か全然違うんだけどぉー」と引いていってしまう点が非常に印象的でした。確かに期待の方も大きかっただけに、それが「何か違った」時のショックも大きかったのでしょう。

太平天国・スピンアウト?⇒「黒旗軍」とベトナム

最後に少しベトナムにこじつけまして。実は地理的に近いベトナムと太平天国に何らかの関連が無いかと思って調べていると、敗れた太平天国の残党の中に、その後にベトナム史に名を残す人物がいました。その名は劉永福(ベトナム語名:Lưu Vĩnh Phúc)。彼は現在の広西チワン族自治区防城港出身で、太平天国の乱後に「黒旗軍」という武装組織を結成。ベトナムでは阮朝を助けフランスと戦い、そして後には清王朝を助けまたフランスと戦い、更には日清戦争時には台湾防衛のために日本とも戦う、という東・東南アジアを戦う大忙しの軍人。正に太平天国インスパイアの秘密結社スピンアウト、といった感じでしょうか。

彼の人生はまた何とも興味深く・・・、おっとここで書くととても長くなりそう。この続きはまた以下に書きました別のnoteにてご堪能下さい。

ということで、そういう意味でも色々インスパイアされました「太平天国 皇帝なき中国の挫折」、とても興味深い一冊でした。


11年間ベトナム(ハノイ)、6年間中国(北京、広州、香港)に滞在。ハノイ在住の目線から、時に中国との比較も加えながら、ベトナムの今を、過去を、そして未来を伝えていきたいと思います。