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rakugaki_55「鍋冠り姫(なべかむりひめ)」


日本三奇祭「鎬冠り祭」

「日本三奇祭」と呼ばれる奇妙なお祭りがあるそうです。
※「日本三大奇祭」ではないんですね(笑)
そのうちの一つ、滋賀県の筑摩神社で行われる「鍋冠り(なべかむり)祭」を見てきたことがあります。
※米原市のHPには「鍋冠り祭(なべかんむり)祭」という呼び方をしています。

筑摩「なべかまの里」
筑摩神社から出発

「鍋冠り祭」とは・・・毎年5月3日に行われる筑摩神社の春の例祭で、数え年8つの少女8人が、狩衣姿に張子の鍋をかぶって、約300名の行列と共に渡御するお祭りです。

その起因については諸説あり、筑摩神社の祭神が食物の神であったことや、当地の御厨(みくりや)から神前に作物、魚介類などを供えるとともに、特産であった鍋を贖物(罪のあがないとして出す物)としたことが、鍋冠り祭の原初の姿ではないかと考えられています。

日本三奇祭に数えられ、米原市無形民俗文化財に指定されているそうです。

以下、立て看板に書かれていた内容です。

『米原市指定無形民族文化財 筑摩の鍋冠(なべかむ)り祭
近江なる 筑摩の祭 とくせなむ つれなき人の 鍋のかず見む
「伊勢物語」に詠まれた筑摩の祭は、平安貴族にも広く知られた祭です。
この筑摩祭は現在鍋冠り祭と呼ばれ、筑摩神社の春の祭礼として、毎年五月三日におこなわれています。
祭の由来については諸説ありますが、中心となる鍋冠りについて、筑摩神社に伝わる「筑摩大神之紀」(永禄十一年記)によれば「鍋冠りは十五才未満の少女をもってこれを役とす、若しその中に犯淫の輩在るときは、必ずその鍋落ちて発覚す」とあり、古来から今日に至るまで、婦女の貞操を重んじる祭という説が有名です。
しかし筑摩神社の祭神は、御食津大神(みけつのおおかみ)、宇迦乃御魂神(うかのみたまのかみ)、大年神(おおとしのかみ)であり、いずれも食物を掌る神々であることや、筑摩の地が平安時代に宮内省内膳司(くないしょうないぜんのつかさ)に所属する筑摩御厨という宮中の食物を掌る機関があったことから、神前に作物、魚介類などを供えるとともに、近江鍋と呼ばれた特産の土鍋を贖物(しょくぶつ)としたことが鍋冠り祭の原初の姿ではないかと考えられます。
祭礼の渡御は、筑摩、上多良、中多良、下多良の四か字の氏子が参加しておこなわれます。
なかでも鍋冠りは、七、八才の少女八人が一閑張りの鍋と釜をそれぞれ四つづつ冠り、緑の狩衣に緋の袴をつけた平安の昔を偲ばせる雅やかな姿は、湖北の春の風物詩です。』

その祭りの様相は土着そのもの。
永く先祖代々受け継がれている行事を土地の方々が、大切に守られていることがひしひしとこちらにも伝わってきます。

しかしお祭りの規模は年々縮小されているそうで、過疎化されていく田舎においてはこういった歴史ある伝統も、いつしか担い手が無くなっていくのかも知れませんね。
何より少子高齢化で七才、八才の女の子が集まらなくなってきているらしいです。

それでも、琵琶湖を背景にした行列は荘厳でしたし、鍋をかぶった奇妙な格好の女の子たちも可愛らしかったです。

琵琶湖を背景にした行進
鍋をかぶった少女たち

土地に根ざしたこういう一風変わった行事も、まだまだ頑張って後世にその様相を伝えて欲しいと感じました。

最後に、鍋冠り祭に参加する少女たちを「鍋冠り姫」と名付けてみたら、ちょっとジブリ映画が作れそうと思ったりして。

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