第一回 じつがくカフェ 「幸せの仕事」

開催:2018年2月17日(土)19:30~21:30 参加6名

※これは、参加者主体の状況共有用の記録ではなく、単なる案内人の主観の記録です。

<要約>
①人間社会で生きると、誰もが「価値をつくる行為=仕事」をしている。
②すなわち「仕事」は、「誰かにむけて価値をつくっている」行為である。
③仕事でつくった「価値」を振り返ると、「自分の幸せ」をあぶりだせる

5回の「てつがくカフェ」を経て、いよいよ「じつがくカフェ」の実験的開催にたどりつきました。

対話を通して問いを広げて広げて結論を出さない「てつがくカフェ」とは違い、「じつがくカフェ」では、対話を通して手に入れた”本質”を自分の状況にあてはめて、気づきを得ることを目的にしています。

◇「仕事」の定義づけ

最初の1時間半は、「常識」の世界を拡張していく時間です。まずは、「仕事」をどうとらえているかについて、掘り進めていきました。

質問【仕事とは?】
 ・「楽しい/苦しい」は自分次第
 ・他者に価値を与える/もらう行為
 ・やらなければならないこと
 ・与えられた役割/社会に求められる役割
 ・とあるタスクを満了する行為
 ・対価

「自分のために」仕事をするのか、「他人のために」仕事をするのか、で少し意見が割れました。例えば、むかしの人だったら、「自分が食うために仕事をすることでしかなかったのでは?」という意見。「生きるために精一杯であり、”ひとのために”ということを考えていたのだろうか?」ということでした。この意見は、非常に的を射ています。「自分のために」というのは、「仕事」なのでしょうか?時代の違いもおおきく関係していそうです。

◇「生産性」と「仕事」

そのまま「自分のために」というキーワードをもとに話していると、参加者の中から「一人で楽しんでいるだけなのは、仕事ではない」という一言が出てきました。「一人が楽しんでやっている」のは、「仕事」ではなく「遊び」だという意見です。なぜ「遊び」は、仕事ではないのか。「なにも生み出さないから」で、重要なのは「生産性」ということに行き着きます。「生産性がない」行為は「遊び」であって「仕事」ではない。この意見には、参加者からも大筋の合意を得ることができました。

これで、踏み台になる「仕事」には「生産性」が欠かせないという観点が得られました。でも、「生産性」とはなんのことでしょうか?・・・物を作ること?物をつくらない、サービスであっても「生産性」はあります。存在に帰結すればよいのでしょうか?うーむ。

掘り下げてみるために、「遊び」の反対概念に「仕事」を置き、「生産性」について再度、訊いてみます。「遊び」にはなく、「仕事」にはある「生産性」とは、何を生み出しているのか?

視点を変えたことで出てきた意見を統合すると、「仕事」の定義づけの中にあった「価値」が一つのキーワードとなりました。すなわち、「生産性がない」とは、「価値・付加価値を作らない」ことではないのかという意見です。

再度、まとめます。
「仕事は、価値・付加価値をつくることである」

こうして、「AはBである」という定型文を手に入れたことで、話は飛躍的に進んでいきやすくなります。

次は、「価値」を掘り下げましょう。

◇「価値」の削り出し

「原石を削り出した時に、くそみたいな宝石になったら、それは”価値”を下げているのでは?」という問題提起がありました。これには、「それでも”くそ宝石コレクター”みたいな人がいれば、”価値”を認める可能性がある」という反論も出てきて、面白くなってきます。「価値」は誰が決めるのでしょうか?

「価値」は人それぞれの尺度、主観によって判断されます。しかし、主観に「絶対」は存在しえず、「価値がない」ということは誰にも言いきれない。時空間を超えて考えれば、どんなものでも、どんなことでも潜在的には「価値」があることになります。

議論がこんがらがってきたので、もう一度「生産性」と「価値」を結び付けなおしてみましょう。

なにかを「うみだす」だけでなく「ビットコイン」のような仮想通貨に「値段をつける」ことも「価値をつくる」行為であることが議論になりました。すなわち「生産する」ことがイコール「価値をつくる」ことではなく、「価値をつくる」ことの中に「生産」が入っていることがわかってきます。

すなわち「生産」が「価値をつくる」ことに必須なのではなく、「価値をつくる=価値る(かちる)」ことは、人間活動の中ならばどんなものでもあり得ることになります。そう、人間は「生きているだけ」でも「仕事」をしている可能性があるのです。

◇価値の判断

では、「価値」は誰がいつ判断するのでしょう?「価値」の判断と「仕事」になるかならないかは、どうやって関係があるのでしょうか。

他人が「仕事」の「価値」を判断するとすれば、ゴッホのように「死後その価値を認められる」人や、「自分が企画した生産物がまったく売れなかった」人など、他者から「価値」の判断がなされたときに「行為」を終えている人は、遡った時に、その行為をした時点で「仕事」をしたといえるのでしょうか?

ああ、良い問い・・・。ゴッホの切り口は「仕事に対する価値判断ができる権利を”自分”も有するか”他人”にしかないのか」という発展性を持っていましたが、今回は「仕事」にフォーカスするために、あえて作業仮説として「仕事の価値判断は他人にしかできない」という立場をとることで進めていくことにしました。

掘れば面白い議論になっていくのですが、じつがくカフェはあくまでも「結び」をつくる場です。哲学的対話をもとにしながらも、切り進めていき、拡散していくには時間が足りないことのジレンマを感じます。

◇「幸せ」と「仕事」はどうつながるのか

「仕事とは、価値をつくるものであり、判断は他人が状況依存的に行う」。ここまでの一通りの「結節点」を表すとこうなります。

ここまできて、やっとテーマである「幸せ」に着手していくことができます。「仕事」は「自分の幸せ」のために行なっているのか、「他人の幸せ」のために行なっているのか?

しかし、案内人が焦りすぎたためか、この「問い」はうまく染み込まないものでした。ここまでの議論で、「幸せ」の掘り下げを行っておらず、「仕事」との距離が遠すぎたためです。参加者がうまく構造をつくれないことが見て取れました。そこで、「テーマ」を一度頭から離し、「価値」から歩んでいくことにしました。質問をスイッチします。

質問【なぜ、あなたは仕事をするのですか?】
 ・お金をかせぐ+α
 ・生活していくため
 ・生きていくため → どこで? → 人間”社会”で

⇒人間社会で生きていくために、仕事をしている

質問【その仕事の価値は、だれが認めているのですか?】
 ・状況依存的
 ・「生きている」、「存在している」ことだけでも「価値」を認めることもできる(例;寝たきりの人、ペット、子どもなど)

⇒「人間」は、生きているだけで「仕事=価値をつくる」をしているとも言えるのではないか

ここで、前半戦終了です。

◇「仕事」の本質

1時間半の「拡散する時間」を終えて、次からは「収束させる時間」です。ここまでで得られた本質は「人間社会で生きるために仕事(=価値をつくる)をしなければならない」。「仕事の価値は状況依存的で他人が判断する」の二段。

それぞれの「生活」に織り込むために、実生活を得られた本質から考えてもらう時間をとります。

質問【あなたの仕事は、誰にどんな価値をつくっていますか?】
 ・(畜産で)人間に食糧を → 食糧(=おいしい)
 ・(塾で)生徒に知識を → 知識(=テストの点にむすびつく)
 ・(塾で)日本人に社会を変える人材を
 ・(ブログで)久米島についての言語化を → 久米島に来てもらう
 ・(ブログで)ネットで検索した人に悩みを解決するヒントを
 ・(てつがくカフェで)主催者、参加者、視聴者ににぎわいを
 ・(移住定住促進で)久米島町に人口を
 ・(相談窓口で)移住希望者に情報を
 ・(スポチャンで)参加者に体験を
 ・(塾で)生徒に自信と職業選択の可能性を
 ・(生活することで)字ににぎわいを

以上のようにそれぞれの「仕事観」を挙げてもらいました。

そこで、さらに掘り下げます。

質問【つくった価値は、どんな幸せにつながっていますか?】
 ・(畜産で)人間に食糧を → 食糧(=おいしい) →セロトニン?
 ・(塾で)生徒に知識を → 知識 →価値を生み出す人材・知識の伝達
 ・(塾で)日本人に社会を変える人材を → 未来に潜在的な可能性を
 ・(ブログで)久米島についての言語化を → 久米島の人が膝を打つ
 ・(ブログで)ネットで検索した人の悩みを解決 → 不安をすっきり
 ・(てつがくカフェで)にぎわいを → 楽しい
 ・(移住定住促進で)久米島町に人口を → 楽しい
 ・(相談窓口で)移住希望者に情報を → 悩みをすっきり
 ・(スポチャンで)参加者に体験を → 楽しい
 ・(塾で)生徒に自信と職業選択の可能性を → 自由を選ぶ選択肢を
 ・(生活することで)字ににぎわいを → ”いいところ”・自己肯定感

参加者の皆さんが、普段から「考えている」ことがよく解かります。

ここで、ラストに向け「解題」。「価値をつくった相手の”幸せ”」は、実は、「相手が幸せ”だろう”と自分が想像した幸せ=自分が幸せだと思うこと」と直結しているのだ、ということを伝えしました。

「心の理論」であるように「自分の中に相手のモデルをつくる」ことによって初めて「相手の状態」を想像できることを使った「解題」です。「自分がつくっている価値=相手にとっての価値=相手にとっての幸せ=自分の想像する相手の幸せ=自分の幸せ」という長々としたパラフレーズ(言い換え)を使った「解題」でしたが、さて、皆さんにご納得いただけたでしょうか・・・。

◇感想

参加者のみなさんの賢さに助けられてばかりでした・・・。なんとか形にしあげたようなもので、ノープランで挑むには難しいテーマでした。そもそも「幸せ」は瞬間的には決めづらいもので、「ある程度の幅を持った時間」で考えなければならない概念です。

「仕事」が「幸せ」にどうつながる、ということを考えるには「長い時間軸」での目線を導入しなければならず、それをするには状況設定をミスした、という感が否めませんでした。

ただ、得られた本質から「価値をつくっている自分」というものを掘り出し、さらに「相手にとってそれがどんな価値か」を考え、そこから「その価値はどんな幸せにつながっているか」まで掘り進め、最後に「それは実はあなたの幸せです」という「解題」を行うことで、「驚き」はもってもらえたと感じています。

反省しきりの出来でしたが、「驚き」は、ひとつの衝撃として刻まれることで、ふとした拍子にまた出てきて、揺さぶってくれるのでは、という期待を生みました。

裏の目的としては「哲学的な思考法の伝達」をひそかにもっていましたが、手法として「使ってもらえる」ようになるには、もう少し丁寧なパッケージ化は必要かと思っています。

おそらく、日本で初めての「じつがくカフェ」でしたが、案内人の学びにもつながりました。てつがくカフェをまた5回はさんで、次回ブラッシュアップしてお届けしたいと思います。

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第一回 じつがくカフェ 「幸せの仕事」

福岡 要

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福岡 要

南国 ほろにが てつがくカフェ

久米島での「てつがくカフェ」の取り組みを、案内人の主観でレポートします。「てつがく」は人生を豊かに味付けする「料理」であるをコンセプトに毎回「もやもや」を、さらに「もやもや」して帰ってもらっています。「てつがく」を日常に編み込む「じつがくカフェ」のレポートもございます。
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