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さよならを言うこと

「それでは、タロウくんの最後のことばです」

大勢に見守られて、少し恥ずかしそうな¨彼¨は、顔をあげ・・・。

※※※
「太郎くんは、心理的苦痛緩和プログラムになりました」
担任の先生がそういったのは、ちょうど一ヶ月前のこと。
太郎くんが交通事故にあった次の日だった。

そのことばをタロウくんが、先生の横で聞いている。

すでに高学年になった僕たちは、「心理的苦痛緩和プログラム」というものが、どういうものか説明はうまくできないけど、わかってはいた。

朝の会が終わったあと、タロウくんは、普通に歩いて僕の隣の席にすわった。

「ねえ、どんな感じなの?」
「うーん、よくわかんないや。¨実感¨はないから」

タロウくんは、変わらない感じで、彼がよくやっていたように目をつむりながら後ろに背を反らせた。

「これまでどおり遊べるんでしょ?」
「うん。これまでどおり、かな。」

それから一ヶ月の間に、僕たちは遊んだ。サッカーして、ゲームして、お菓子を買って、たまに勉強した。

¨彼¨もサッカーはうまくなかったし、いつもアイスバーを買っていた。算数は得意だけど、漢字は苦手で、ゲームは僕たちのなかでやっぱり誰よりも上手だった。

子どもにとって、一ヶ月は長くて短い。太郎くんが交通事故にあってから、ちょうど30日たった日、授業はひとつなくなり、代わりに全校集会になった。

おばあちゃんがいなくなったときには、できなかったプログラム。なんでも、おばあちゃんの世代は日常の記録が義務化されてないから、データが十分ではなかったらしい。

おばあちゃんは、ある日突然、いなくなった。急すぎて、さよならは、言えなかった。

※※※
「これまで、たくさん遊んでくれてありがとうございました。」
タロウくんは顔をあげてそういった。

「みんなと一緒に学校にこられて、たのしかったです」

「本当は、よくわからないけど」
タロウくんは顔をあげてそういった。
「¨僕¨は、今日、死ぬらしいです。」
死ぬ、という、ことばに先生方の顔が強ばっていた。

「みんなのこと、忘れません。」

ーだから、僕のことも忘れないでください。

ーさようなら。

「さようなら。」
つぶやくように、僕は、ステージの上にたつ彼に別れを告げた。
照明を浴びる¨彼¨は、すこし眩しく見えた。

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