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記事コメ:受験の英語・長文問題で「本文を読まずに正解を選べる」ワケ

受験シーズン真っ只中であるが、今日はちょっと気になる記事を見掛けたのでコメントしてみたい。

記事の中では以下の例題を基に、選択肢だけで英語の選択問題を正解するコツが記されている。

下線部(5)が指すものについて、本文は何と言っているか。答えとして最もふさわしいものをa~eから一つ選べ。
a. オスの精子によく似ているため、顕微鏡を使わないと区別できない。
b. オスの精子によく似ているが、遺伝的には異なるプログラムがされている。
c. オスの精子と同じように遺伝的にプログラムされているかどうかを調べる方法が一切存在しない。
d. オスの精子と同じように遺伝的にプログラムされているかどうかはっきりさせることが難しい。
e. オスの精子と同じように遺伝的にプログラムされていることが確認されている。
【早稲田大学教育学部 2015年英語】

断定されているものは正解になりにくいから(d)が正解、という話らしい。この問題では実際にそうなのだろうが、選択肢を見ると分かる様にこの文章は生物学のテーマに基づいた科学的内容であることが予想できる。その点についてもう少し深く考えたい。

出題例が2015年と古かったため、元の文章は探していないので以下は選択肢からの予想になるが、「雄の精子と同じ様に」という表現から、この問題でテーマになっているのは「雌の精子」だと推測できる。雌の精子なんてものは普通は存在しないので、iPS細胞やES細胞など多能性幹細胞から精子を誘導した場合の話だと分かる。一時期、雌の細胞から精子を作って雌だけで生殖できるという話は話題になったと思うので、その関連だろう。それを踏まえて選択肢を見れば、そうやって人工的に作られた精子が、遺伝子的に普通の精子と同様に機能するかどうかという命題を遺伝子レベルで考えているというテーマだと分かる。

さて、ここまでは一瞬で分かるのだが、この問題は「完全な知識」があれば選択肢から正解が導けるだろう。要は2015年時点でこの様な研究がどこまで進んでいるのかという話だからだ。逆に「中途半端な知識」があれば、この問題が3択から絞り込めない。

(a)が違うのはすぐに分かる。記事の通り受験テクニック的になってしまうが、明らかに毛色の違う選択肢であり、顕微鏡という分かりやすいワードが引っ掛けとして本文にあるのだろう。文章の主旨は「雌の精子は顕微鏡で見れば精子の様に活動しているが、遺伝子的に精子と同じかどうかは〇〇である」という内容だと思われる。

(c)が違うのは科学的に言える。遺伝子的に同じかどうかを調べる方法は2015年時点でも充分に存在する。遺伝子発現パターンであれば以前の東大入試でも紹介したRNAシーケンス法などいくらでも方法が存在する。実際には「遺伝子のプログラム」というワードが何を指しているのかは少し曖昧で判断が出来ないが、仮に「エピジェネティク」な状態だと考えてもChIPシーケンス法など調べる方法はいくらでも存在する。

但し、2015年時点で、「それらが調べられていたかどうか」については私も分からない。なのでこの時点で「異なる」「分かってない」「同じであることが確認されている」という3択は絞り込めないのだ。と言うか、正解は(d)のこの時点では難しいという事なのだろうが、恐らく2024年時点では色々と調べられている。科学的視点に立てば「明らかにされていれば明確な答えが出る」ものは多い訳で、曖昧な答えが正解というのは必ずしも当てはまらない。今回の例がたまたま当てはまっただけだ。

受験英語についてテーマにすると、どうしてもこの様な小手先のテクニックが重視されるのは仕方ないのだが、今回のテーマもそうであるように、もっと発展的に考えるなら英語に於いて重要なのは英語そのものよりも背景となる知識である。どんなレベルの文章だろうと、元の背景知識があれば英語の表現や構成が難解であっても簡単に読める。例えば皆さんでも、知っている漫画なら英語どころか知らない言語に翻訳されていても、恐らく普通に読めるだろう。何ならそこからその言語が学べるだろうし、実際にそうやって日本語を覚えたという人も多く居る。逆に、あまり詳しくない内容だと一般人向けの英語でも理解に苦労する。色んな手続き関係の書類なんかがそうだが、そもそも知らないと分からない事は多い。専門用語は分かるが日常会話は難しいというのも研究者によくある。

言い換えると、最低限必要な英語力のレベルはそんなに高くないのだ。極論を言ってしまえば、基本の主語・述語・目的語の概念が完璧なら、どうにでもなる。受験英語で難しい文章や問題に関しても、要するに主語がどれか分からなかったり、上記の文章構成が非常に複雑だったりするだけで、逆に言えば主語と述語さえ明確に出来ればその問題は少なくとも半分は部分点が取れる。そこに単語の知識や文法の知識が関わってはくるのだが、ハッキリ言えば些末な事である。少なくとも受験が終わって仕事などで使う限りにおいては中学校レベルの文章力で充分である。専門用語としての単語が増えていくだけだ。それ以上に重要なのはそもそもの背景知識である。母国語で説明できない事は外国語で説明できないし、読む方もしかりである。

私は科学的内容を紹介する際に、多くの場合「論文」を紹介するが、当然ながらそれらは英語で書かれている。読者の中にはそれらをソースとして確認し、勉強するのが難しい場合もあるだろう。だがそれは恐らく英語力の問題ではない。論文の英語自体は決して難しいものではないからだ。受験英語の方がよほど訳分からん文法を使っている。難しさの理由は要するに専門用語や前提知識の問題である。だからこそ、私としては必要な知識を出来るだけ供給し、面白い論文やテーマを紹介していきたい。

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