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インド・ヨーロッパ語学の概説書紹介

インド・ヨーロッパ語学(比較言語学)について、それなりに言語学に興味があるor大学で授業に出たりして勉強してみたい、という程度の人を念頭に置いて、わたしの独断と偏見で何冊か概説書を挙げて、おすすめ度を書いていこうと思う。歴史言語学一般の概説についてはまた別に気が向いたら書くかもしれない。書名のところにAmazonのリンクを貼っておいた。ちなみにわたしが最初に見て興味をもつきっかけになったのは日本語の某書籍だけれども、あれはおすすめしない(入門に使うには内容が専門的すぎるし、あれがわかるようになる頃にはもう英語で十分読みこなせるようになっているので、英語(or独仏など)で読んだ方が早い)。

注意点として、こういう全体的な概説は細部、特に著者が不得手な分野の内容が浅くなりやすいということがあったりする(それが一番極端に出てしまったのがSzemerényiのバルト語)。なので本当は各語学をしっかりやってからその言語を軸に歴史を辿っていく方が正攻法だと個人的には思っている。

(1) Benjamin W. Fortson, Indo-European Language and Culture: An Introduction(易しめ)

おすすめ度:★★★★★

学部生、他分野の人向け。ここで紹介する中では多分一番比較言語学以外の部分が手厚いもの。どんな語派があるのか、どんな言語があるのかとか初歩的なところから知りたい人(要するに一冊目)におすすめ。

(2) Michael Meier-Brügger, Indogermanische Sprachwissenschaft(難しめ)

おすすめ度:★★★★☆

専門の人向け。この中ではおそらく一番専門的な研究への橋渡し役に適したもの。このテーマについてはこの論文を見ろ、みたいなのがめちゃくちゃ充実しているので勉強ではなく研究をする人向け。ただ参照性は悪いと思う。英訳もあるけど一番新しい版はドイツ語の第9版のはず...と思ったけど10版が出てるじゃないか!この前思い切って9版買ったばかりだぞ!

(3) Robert S. P. Beekes, Comparative Indo-European Linguistics: An Introduction(読みやすいけど留保が必要)

おすすめ度:★★★☆☆

他とは一線を画す独自路線...の研究で知られるライデン学派の入門書。とはいえ、別の人についたり他の本で既に下地をつけてある人なら割とおすすめできる。図表が多めでかなり読みやすい。ただしライデン学派以外では受け入れられていない説がたくさん含まれているので、この本を印欧語学の勉強の最初の一冊にするというのはおすすめしない。

(4) James Clackson, Indo-European Linguistics: An Introduction(抽象的)

おすすめ度:★☆☆☆☆

褒めている人もいるんだけれど、実はわたしはこの本が好きではない。最近の研究でよくある題目に触れているんだけれども、抽象度が高くて地に足が着いてない感じがする。悪くいえば、パラダイムシフトが起こったら価値がゼロになってしまうような本のように感じる。Beekes同様、最初の一冊にするのはおすすめしない。ここでは挙げなかったけれどもEva Tichyの入門書(Indogermanisches Grundwissen/A Survey of Proto-Indo-European)も少し似た感じがする。

(5) Oswald Szemerényi, Introduction to Indo-Europen Linguistics(往年のスタンダード)

おすすめ度:★★☆☆☆

もとはドイツ語(Einführung)。一昔前には スタンダードだったらしい。確かに出来はいいと思うんだけどもう内容が古くなっている。あと、著者はリトアニア語を全く知らなかったようで、引用の綴りがめちゃくちゃだとリトアニア人の先生がキレていた、という話を聞いたことがある。

これ以外の古いものとしてはMeilletのIntroduction à l'étude comparative des langues indo-européenes.などがある。これは古いけど勉強になる。しかしさすがに19世紀のBrugmannとかSchleicherまで行くと遡りすぎになる。古いかどうかを分ける基準として最もわかりやすいのはアナトリア語派(ヒッタイト語など)や喉音(Laryngeal)の記述があるかどうかで、他には印欧祖語の音素に*þが挙がっていると古い、とか色々ある。

一方、各個別言語から比較言語学に入る場合には、例えばギリシア語だったらRix、ラテン語だったらWeiss、ギリシア・ラテン両方だったらSihlerとか色々選択肢がある。一応各語派ごとにスタンダードらしき本があるので、どの言語からでも印欧語学は始められる(でもアルバニア語、アルメニア語、トカラ語とかからだとあんまり選択肢が多くない気がする)。ただし、語派によっては英語以外の言語(主にドイツ語)が研究のスタンダードだったりする(イランとか)。また、どの言語からとは言っても現代英語から辿りたいとかだとそれなりに苦労するかもしれない。

最低限としてはこんなもんだろうか。ネット上でも最近は色々文書が挙がっているので(内容はピンキリだけど)敷居はだいぶ下がっているはず。あと、wikipediaやwiktionaryは手軽で便利だけど、特定の学派の解釈に偏っている記事が相当数あるので、それだけ頭に入れておいてほしい。

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