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たくぼうとじいじと夏 【落語台本】

孫と祖父

 ある夏の日のことでございます。
 この家のわんぱく坊主が縁側にもたれかかってさっきから落ち着かない様子で家の中をのぞいております。

たく「おーい!じいじ、じいじ!」
じい「おお、たくぼうか。ジージジージてセミの鳴き声かと思うたわ」
たく「しっかりしてえな。男と男の大事な話があるんやで」
じい「なんや、大ごとやな。ぶるぶる緊張してきたわ」
たく「おカネを融通してもらいたいねん」
じい「えらいもんやなぁ。今日びの六歳は難しい言葉知っとるんやのう」
たく「じいじ知らんのか。貸付や、クレジットや、ローンや、融資や」
じい「わかったわかった。ほな、たく兄さん、いくら融通させてもろたらよろしいんでっしゃろ?」
たく「2500円ポッキリや」
じい「おいおい、ポッキリ、てどこぞでそんな言葉覚えてきよったんや。難儀やなあ」
 
 さて、じいさんは迷います。
 たくぼうになんでもぽんぽん与えて甘やかさんといてや、と、息子のやすしから言われたところなのでございます。
 たくぼう、縁側から滑り上がって、じいさんの傍まですり寄ってまいりまして、

たく「なあなあ、じいじかて、ばあばに秘密がないわけやないやろ。並が五つと爆弾が二つ」
じい「おいおい、今度は脅迫かいな」
たく「次のお小遣いでちゃんと返すから、お願いや。心配やったらこの家抵当に入れてもええ」
じい「わしの名義や!あぶないあぶない。なんでもふんふん頷いとったら全部持っていかれるわ。で、その2500円なんに使うんや」
たく「言えるんやったら最初からおとう、おかあに言うがな。そこがじいじとの間の男と男の話なんや」
じい「よしよし、スイカでもかじりながら考えよ。こないな暑い時におカネの勘定気張ったら、わしかて簡単に干上がってしまうわ。(奥に向かって)おーい!ばあさーん!スイカ切っとくれー!」

(スイカを食べる身ぶり)
じい「ところで、セミてどんな鳴きかたするんや」
たく「じいじ、じいじ、、」
じい「ほら見てみい。さっきと変わらんやないか」
たく「ほんまや」
じい「えらいこっちゃなぁ。よっしゃ決めた。無期限無利子無担保で貸したろ」
たく「え、むきげんむりしむ、、むりしたらあかんで、じいじ」

夫と妻

 じいさん、たくぼうに2500円を渡したはいいのですが、よく見たら自分の小遣いが底をつきそうになっております。
 じいさん、ばあさんが縁側で洗濯ものをたたんでいるその傍まですり寄ってまいりまして、

じい「ばあさんや、今日はまた一段ときれいだねえ。きれいすぎてきれいすぎてついつい口から溢れ出ちゃった」
ばあ「ほんとに判りやすいねえ。この人無心に来る時なんでいつも東京弁になるんだろねえ。で、いくらいるんだい?」

 ばあさんちょいと耳が不自由なものですから、じいさん座卓にある紙と鉛筆をとって「10,000円(一万円)」と書いてばあさんに見せました。
 ところが、ばあさん最近メガネの度がちとずれてきてます。
 一万円のところ「100,000万円(十万円)」と見間違えたわけでございますな。

(ばあさんがそれを見て腰を抜かす)
ばあ「じゅ、じゅ、じゅ、」
じい「やかんの湯が吹きこぼれてるんやないんやから。次の小遣いですぐ返すよってに」

 するとばあさん、ぼろぼろ泣き始めまして、

ばあ「おまえさん、このあたしゃぁおまえさんに五十年黙ってついてきてそれなりに尽くしてきたつもりだよ。ああそれなのにそれなのに、その結果がこれかい!外に女こしらえて。道理でおかしいと思ったよ!朝から金魚のフンみたいにピタッとついて来てきれいきれいきれいきれいて!」
じい「誤解や!きれいのはもちろんばあさんなんかやない。お隣のルミ子さんのことや。このわしを信じてくれ!」
ばあ「あんたあたしととことんやろうってのかい」
じい「ギブアップ」
ばあ「冗談だよ。おまえさんに愛人ができようが吹き出物ができようが、あたしゃぁあんたに」(だんだん勝手に盛り上がりながら歌舞伎の見得を切る)
ばあ「ついていくよぉ。はっ、ど、こ、ま、で、も~!」
じい「玉屋!じゃなくて、婆や!ほんま、毎度ここまで1セット付き合わされるのもくたびれるわ」
ばあ「なんか言うた?」
じい「いや、こっちの話や」
ばあ「わかった。ほなまた用意しときましょ。さっきの「これ」(中指を立てる)」
じい「ばあさん、えらい物騒やなあ。立てるんやったら人差し指立ててぇな」

母と息子

 なんとかして来週中にじいさんに十万円そろえて渡さないとならなくなったばあさん。嫁に見つからぬように息子を手招きします。

ばあ「おい、やすし。ちょっときておくれよ」
やすし「なんや、かあさん」
ばあ「ちょいとおカネを都合して欲しいんだよ。いい年してへそくりくらいあんだろ。このエッチ!」
やすし「大丈夫か?(母の額に手を当てる)で、いくらいるの」

 ばあさん座卓にある紙と鉛筆をとって、えいや、と書き始めました。
 ところが、ばあさん日頃ゼロをいくつも並べて書くことなんかないもんですから、じいさんから聞いた一万円を十万円と勘違いしているうえに「1,000,000円(百万円)」とゼロ一つ多く書いてしまったのでございますな。

(息子がそれを見て腰を抜かす)
やすし「ひゃ、ひゃ、ひゃ、」
ばあ「かわいそうにひどいしゃっくり」(と背中をとんとん叩く)
やすし「かあさんそんな大金いったい何に使うんや!」
ばあ「(指折り数えながら)町内会の親睦旅行の積立の滞納だろ。ほっとけって言うんならあたしゃそれでもいいけどね。あと、ウメさんに借りてた総ダイヤの数珠なくしちまっただろ。それから、、」
やすし「大問題だ!いつまでに用意せんといかんの!」
ばあ「来週中なんだよ!」
やすし「大変だ!そもそも親睦旅行てどこに行くんや?」
ばあ「たしか羽合温泉じゃなかったかねえ」
やすし「だったらそんなにいらんやろ」
ばあ「あたしもそう思ったんだけどね。なんでも日帰りなのに家から羽合温泉を三周して昼食夕食が各三食もついてくるらしいよ!」
やすし「温泉に浸かる前にぶっ倒れるわ!」
ばあ「そんな細かいこと言わんといてえな。頼むよ、都合をつけとくれよ」

 ばあさんは今度はダイヤの数珠を強調するように、やすしの眼前でキラキラ感を出しながら一心不乱に手を揉み念仏を唱え始めたわけでございます。(大げさな身振り)

やすし「とうさんには話したのかい」
ばあ「そんなことしたらその場で三行半だ!あたしゃ、この年で次誰んところにお嫁入りしたらいいんだよ」
やすし「わかった。それ以上言うな。だんだん薄気味悪くなってきた。来週中にはなんとかするから安心しろ」

息子と父

 やすしはやはりここはじいさんに相談しようと思うたわけですな。
 じいさん現金こそもってませんが株をそこそこもってます。
 やすし、じいさんが座卓で新聞を読んでいるその傍まですり寄ってまいりまして、

やすし「とうさん、今日はまた一段と凛々しいねえ」
じい「カネ借りにきたんやろ」
やすし「なんでわかったの!」
じい「どっかでこのシーン見た」
やすし「とうさん頼むわ。信用できる人が絡んどるから絶対に迷惑かけへん」
じい「その人ほんまに信用できる人なんか?」
やすし「なにを呑気なこと言うてんねん!その人になんかあったらとうさんにも連帯責任あるんやで!」
じい「大丈夫か?(やすしの額に手を当てる)で、いくらいるんや」

 最近じいさん忘れっぽいものですから、やすしは座卓にある紙と鉛筆を使って「1,000,000円(百万円)」と書き始めました。
 ところが、肝心なところでいつもトチるやすしは、百万円のところ「10,000,000円(一千万円)」とうっかりゼロ一つ多く書いてしまったのでございますな。

(じいさんがそれを見て腰を抜かす)
じい「いっ、いっ、いっ、」
やすし「とうさん、鳳啓助やないんやから」
じい「えっ、えっ、鳳ヘップバーンでございます!」
やすし「とうさん。真剣に考えてくれよ」
じい「そんな大金いったい何に使うんや。そんだけあったら愛人問題解決やぞ」
やすし「とうさん、、なんかあったんか。。」
じい「このわしなんか一万円ぽっちでえらい言われようや。いっそのことおまえの言うそのカネでわしの生涯最後の恋の線香花火に火ぃつけてもええ?」
やすし「なんやねん、いっそのこと、て。たくぼうや。たくぼうを私立の小学校にやろうかと思てるんや。けっこうカネかかるんやわ」

 じいさん、ここでああそうかと合点がいきました。
今朝のたくぼうが言いにくそうにしていた2500円の使い途は参考書だったのかと。

じい「なるほど、そういや今朝そないなこと言うてたな」
やすし「え、かあさんもう話したんか!」
じい「え、ばあさんが小学校受験するんか!」
やすし「わかった。。もう一回整理しよ。ばあさんは忘れてな。たくの進学資金の話やで。そこのメモなくしたらあかんで。来週返事ちょうだいや。頼むで」

家族

 さて、三人それぞれ話をつけたもののどうもお後がよろしくありません。
約束の週になっても全く音沙汰なし。かと言ってそのままにもしておけません。
 いよいよ三人はやすしの嫁のひろこに相談しようとそう思ったわけですな。
 結局最後に頼りになるのはひろこしかいない。みなよーくわかっておるのでございます。
 廊下をすり足で集まってきた三人。
 そしてひろこのいる部屋の前でばったり鉢合わせになりました。
 なんとなく気まずーい空気になりますわな。
 と、その時、わあ、とたくぼうと近所のわんぱく坊主たち合わせて十人くらい束になって縁側から入ってきたのでございます。
 大人たち目をパチクリします。

たく「じいじ。こないだ借りたおカネ返すわな、有難う。(返しながら)踊りのひらひらの服手作りしたから一円も使わずや」

 じいさんがきょとんとしておりますと。

たく「じいじ、ぼくらの腰を見てーな。チラシでひらひらぎょうさん張り付けてめちゃきれいやろ!」

 じいさんがほうほうと眺めていましたら、たくぼうの、せーので!の合図で子どもたちが声をそろえて、

子どもたち「おじいちゃんお誕生日おめでとう!」

 じいさん、腰抜かしそうになりました。

じい「おカネのことばかり考えて自分の誕生日のことなんかすっかり忘れておったわい」

 他の二人もうつむきながら、

ばあ/やすし「おカネのことばかり考えてじいさんの誕生日のことなんかすっかり忘れておったわい」

 その後、わんぱく坊主たちが一生懸命練習したじいじ誕生日スペシャルのフラダンスを踊り始めました。
 じいさんも子どもたちの輪に入って一緒に踊りました。
 家族みな腹を抱えて笑い転げて、楽しい楽しい時間を過ごしました。
 腰をさすりながら踊りの輪から出てきてじいさんが、

じい「ああそうそう、あのおカネの話は解決したで」

 とばあさんに耳打ちしますと、ばあさんがやすしに耳打ち、その次にやすしがじいさんに耳打ちいたします。
 じいさんそこでやっと気がついたわけですな。

じい「なんやそういうことやったんかいな。でもそれやったらなんでこないに金額が膨らむんや。みなええ加減やなぁ。ほんまにほんまに、難儀な家族やなぁ」

 かくして、この幸せいっぱいの家族に巻き起こった総額「11,102,500円(一千百十万二千五百円)」の借金問題は笑顔いっぱいのまま一件落着。
 なるほど(扇子を打つ)この総額、語呂読みしましたら「いい人にっこり」となりますわけで。