『DEATH NOTE』から考える善悪。(1/2)

過去に2回の記事「あさま山荘事件」、「東京地下鉄サリン事件」を通して、善悪の変容について述べてきた。今回、最後に『DEATH NOTE』を取り上げ、善悪の区別の難しさについて具体性をまとめ、総括していく。なお、引き続きではあるが、今回も大澤真幸『サブカルの想像力は資本主義を超えるか』を参考に論じていく。

『DEATH NOTE』と言えば、ご存知の方が多いと思われるが、主人公である夜神月(ライト)がある日、奇妙な黒いノートを拾う。それは死神のリュークが落としたデスノートであり、それに名前を書かれた者は死んでしまうというノートであった。しかし、このノートにはいくつか条件があり、それを満たさない限り効果は発揮されたない。月はこれらのルールを理解していきながら、自らの信じる「正義」を胸に、犯罪者の名前を記入し、殺害をしていく。

前回、オウム真理教について「悪が善へと転換することがある」と述べた。この構造と近いものが『DEATH NOTE』にも見ることができる。月は基本的に犯罪者をデスノートに記入して殺害を繰り返していく。つまり、彼の中では「殺した方がいい人を、殺してあげる」という思考が成立している。

この月と対峙する形で、この物語にはLという探偵が登場する。Lは「デスノート」を使って殺人を行う、事実上犯罪者である月の調査を行うことになる。この対立関係だけを見れば、月=悪、L=善の立場であることがわかるが、物語が進むにつれて、この立場は逆転していく。月の殺人行為は、ネットを通じて世界中に拡散されいく。月は法的に死刑にすることができない犯罪者を謎の原因として殺害することができたため、後に月は「キラ(Killer)」と呼ばれ、一部の間では讃えられるようになった。また、月の存在のおかげで犯罪を行うリスクを背負う者が減り、世界的に犯罪数の減少にも繋がった。そのため、世間はキラこそが世界に善をもたらし、逆にキラを捕まえようとする警察こそが悪であるとみなすようになり、これにより善悪の立場が逆転したのである。

では、『DEATH NOTE』にとっての悪とは何なのか。これについて考えるにあたり、大澤はカントの「悪の三類型」を取り上げている。

まず1つ目の悪とは、人間の意志の弱さによって引き起こされる悪である。たとえば、泥棒を働いたときがこれに当てはまる。本来、人々は泥棒をしてはいけない行為だと理解してるが、意志の弱さにより欲望に負けてしまい、物を盗んでしまうときがある。こうした悪が1つ目に該当する。

2つ目の悪は、一見、正しい行いをしているように思えるが、実は内部に私的な欲望を抱えている悪である。これがどういうものかというと、例えば、子供への虐待がある。子供への虐待を「しつけ」という建前を立てることで、子供への暴力を倫理的で正当な行為と見せかけ、その裏では個人的な怒りによって子供に暴力を振るう。この場合、加害者は自分が悪いことを行っているという意識があるにも関わらずに子供を殴っていることになる。このような不純な動機による行為が2つ目の悪である。

3つ目の悪は、正しい義務への内発的動機がない悪である。これを言い換えると、善の基準がわからずに物事を行う悪である。具体的に述べると、世の中には様々なルールがある。これらのルールに対して、正しいこととか善いこととかを考えずに、ただルールに従うことが得だと考えて従っている。それ故に、ルールを守っているのだから文句を言われる筋合いはない。このような内発的動機がない姿勢で物事を行うこと自体をカントは3つ目の悪だと述べている。

それでは『DEATH NOTE』での月の悪はどれに当てはまるだろうか。

まず、1つ目の悪が当てはまらないのは明確であろう。月は意志の弱さ、欲望に負けて殺人を行っているわけではない。また、3つ目の悪にも当てはまらない。月はデスノートを用いて、彼なりのルールに基づいて、義務感持ちながら殺人を行っている。そのため、内発的動機が無いわけではない。

では月の悪はカントのいう2つ目の悪だろうか。月は殺人を行うにあたり、内部に私的な欲望を抱えてはいない。つまり「あいつは嫌いだから、殺そうな」などとは考えていないのである。月は殺人行為を決して合理化せず、殺人が悪であることはある意味認識している。また月は殺人を行うことによって自己の利益を得ているわけでもない。そうすると、月の悪は2つ目の悪にも当てはまらないこととなる。

以上のように、月の悪はカントの3つの悪の類型のどれに照らし合わせても当てはまらないことがわかる。では、月の悪とは一体何なのか。実は、月の悪とは、形式的には善と区別できない悪、つまりカントの3つの悪には属さない4つ目の悪に分類される。主にカントの3つの悪は善の欠如、不完全性によって定義されており、善に依存しているものであった。しかし月の悪は、善に依存しない悪。純粋な悪だったのである。

次へ続く。

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