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「他人の期待には応えなくていい」鳥谷敬

「他人の期待には応えなくていい」鳥谷敬(KADOKAWA)

元阪神、ロッテで活躍した鳥谷敬の自己啓発書。
鳥谷はこれまで実に4冊も著書を出している。

1、「キャプテンシ-」角川新書 2016年

2,「明日、野球やめます 選択を正解に導くロジック」集英社 2022年

3,「疲れない体と不屈のメンタル」PHP研究所  2022年

4,「他人の期待には応えなくていい」KADOKAWA 2023年

2021年限りで引退して、そのあと1年ちょいで3冊出してるので野球選手としてはかなり多い。
引退直後に声がかかったのを全部受けたということだろうけど、実売もそこそこ良いのではないか。

鳥谷は本の中で「オレにメディアからの需要があるのは引退直後の今がピークで、これから徐々に減っていく」と自分で言う。
鳥谷が野球選手、いや人として卓越したところはとにかくこの「自分のことを徹底的に俯瞰して見ることができる」に尽きる。

なにしろ前半で「野球はそんなに好きではなかった」という衝撃的な告白が出てくる。
ではなぜプロ野球選手になったのかというと「野球自体は得意だったから」と。
「好きなこと」より「得意なこと」を選ぶ。
この合理性がずーっと鳥谷の選択の基準になっていく。

まだ「自由獲得」の時代だったドラフトで阪神タイガースを指名したのも別に阪神ファンとかそういう話でなく、年俸でもなく、
「将来メジャーリーグでプレーしてみたい」という願望が大学時代からあり、
「かといって今(=大学時代)の実力でメジャーから指名されるわけはない」ので、
「将来メジャーに行くのなら、今のうちから人工芝の球場ではなく天然芝の球場でプレーした方がアジャストできる」
という理由だった。

現役時代の鳥谷はとにかく「ストイック」というイメージが強く、夜18時開始の試合でも毎日朝10時には球場に来て練習しているとか、若いうちからグルテンフリーや食事制限をしていたとか、「練習をしないと歯磨きをしないようで気持ち悪い」という発言があったりとかそういう選手だったのだが、実際のところ鳥谷自身は「自堕落で、すぐサボる」性格だという。
学生時代は「どうやって練習をサボろうか」ということばかり考えてた、と。

それを変えたのが20歳の時に、同じく野球をやっていた弟が難病になって野球を断念するのを間近に見たことで「自分の意志以外の外部要因によって、野球をやめないといけないことがあるんだ」と認識を改めたという。

鳥谷は「どうするのが自分にとってベストか」ということを常に考える。
学生時代の鳥谷にとってベストは「プロに入って長く活躍すること」で、そのためには「練習して上手くなって、40歳でもショートを守れる身体能力を維持すること」が目標になった。
その目標のために練習する。身体作りをする。
繰り返していくと「鳥谷は練習熱心」と呼ばれるようになったから、そう見られることを続けるモチベーションに変えた。
つまり、周りの「練習熱心な鳥谷」のイメージを壊さないよう、「自分はいろんな人に見られている」という意識を持つことで「疲れていても練習しよう」となり、それは注目されることの多い阪神に入ったことでさらに強化されることになった。
このあたりは「野球選手・鳥谷敬」を自分で演じている感覚だったという。

鳥谷はガッツポーズをしない。
プレー中に感情を表に出さないようにしていて、それは「それをすることで相手が余計に発奮してしまうかもしれない」と思っていたからだという。
「怒りはマイナスしか生まない」と考えて、怒りを表に出すこともなかった。
タイガースの晩年は本人の中でも納得のいかない起用が多々あったわけだが、「それを表に出したところでよくなるわけもないし、若手からは『チームに反抗する人』と見られてしまう」と考えて、感情を出さないようにしていた。
常に「何がベストか」を考えていて、その結果が阪神球団から戦力外を通告された時に「他球団を探します」という回答になり、ロッテへの移籍とつながっていく。
ただ、それはそうなんだろうけど、阪神球団からの戦力外通告はよくある「秋に引退試合をして、来シーズンからコーチで」とかではなく、本当にただ「来年は戦力として考えていません。以上です」みたいなクビ宣告みたいな形だったそうで、球団を出るのは否応なしな選択だった。
ハタから見てると「おいおい二千本安打打ったスターをただのクビって…」と思うが、当時の阪神球団には阪神球団なりの人事評価査定があったんだろう。
ともかく、鳥谷は不満や文句を言うぐらいなら「現状何がベストか」を考えて実行する人間なので、このときは「退団して他のチームに行くのがベスト」と判断した。
金本監督から「ショートは北条にしようと思う」と言われたときも不満や戸惑いがありつつも、「じゃあ三塁で出られるように三塁の練習しよう」と考えたり、ベンチにいることになっても「いずれ出番がまた来るだろうからそれを待とう」と考えたり、とにかくクレバー。

というような鳥谷クレバーエピソードにあふれた1冊。
長くなっちゃった。

ちなみに鳥谷は本のタイトルがみんな自己啓発っぽいテイストなのだが(3の「疲れない~」は具体的な健康メソッドが多いので半分実用書)、そういうの好きなのかなと思ったら案の定「現役時代から時間が空くと書店によく行っていた」という話が出てくる。
ビジネス書と自己啓発書をよく読むらしい。
最近印象に残った本は「ファクトフルネス」だったそうだ。
「同じ事実も見る場所で見え方が変わってくる」話に感銘を受けたと。
あー、野球の評価もそういうのあるよね。
同じ事実も見る場所で見え方が変わってくる。
昔は「進塁打」なんて何も評価されなかったわけだしね。

鳥谷は現役最晩年のロッテ時代、そんなに出場機会があったわけじゃないんだが結構印象的なプレーが多かった。
本書にも出てくる「代走で出場、2塁からワイルドピッチで一気にホームまで還ってきてサヨナラ」も覚えてるのだが、あるときのライオンズ戦で代打出たときが印象深い。
当時ライオンズにはギャレットっていう球が速いセットアッパーがいて、そこに鳥谷が代打。
「いやいや、速球派にベテラン当てるなよ…」と思ったら鳥谷がギャレットの158キロを綺麗にライト前にはじき返した。
見てて「うそぉー!!」って声出たよ。
結局得点に絡まないヒットだったんだけど、あれはカッコよかったなあ。
そんな鳥谷イズムが藤岡裕大に少しでも伝授されたことを願う。


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