不確実性が強く、今までの延長線上で判断できないとき、私たちは正常性バイアスで判断しがちだ。しかし、そのようなときには、未来を予測し、対策を準備する必要がある。
もちろん、予測だから当たるか当たらないかは確率論になり、当たらないなら今まで通りで良いわけだが、不確実なリスク要因のため、対策が打たれていることが極めて重要になる。
今回予測する未来は「台湾有事があるかないか」「それはいつ起こるか」に焦点を絞ってみる。
社会学者である橋爪大三郎氏の『中国 vs アメリカ』(河出新書)をベースにシナリオ・ライティング法で考察してみたい。
1) 中国にとり、台湾が必要な理由は、以下になる。
2) 5族(漢族、満族、回族、蒙古族、チベット族)のひとつ漢族(中華民族は漢族を核にし、それを5族に拡大したもの)の儒教文明から考えると、台湾有事がある理由は、以下になる。
3) 中国の国体から考える台湾有事がある理由は、以下になる。
4) 習近平の任期から考える台湾有事がある理由は、以下になる。
5) 歴史家から考える台湾有事
以下の『仕事に効く 教養としての「世界史」』(出口治明、祥伝社)にそのヒントがあったので抜粋する。
中村愿氏が「三国志逍遙」(山川出版社)に次のようなことを書いている。
ブログ、facebook、Twitter、Instagram、Youtube、TikTokなどのSNSは、自分の行動を書いたり、写真にしたり、動画にして記録することができる、という大きな特徴がある。
前述の諸葛孔明の魏との戦争を繰り返す話は、中国は歴史家が何らかの手段で記録として歴史をまとめるであろうことを意識しているからこそ、行動が独自のスタイルになる、というものだが、同じ視点でSNSを考察すると、自らが自分の行動を記録するため、諸葛孔明と同じように、「自分なりの独自のスタイル」というものを意識する人が出現するはずだ。
歴史家が記録を残すには客観的に独自性がないとまずいため、「歴史上のどの権力者より長く権力を握ること(台湾を含め祖国を統一した)=名を残すことになる」、という習近平のような発想になる。
これらの事実から、中国は台湾に上陸し、支配をする可能性が極めて高いと言える。
では、他の国はそれをよしとするだろうか。
2050年には中国のGDPはアメリカの2.7倍、しかもその段階で、1 人あたりの国民所得はアメリカの70%なので伸びしろがある。さらに人口はアメリカの5倍だ。
中国が誰にも影響せず台湾を自らのものとしたら、巨大な市場が日本の近くにできることになる。そうなれば日本のビジネスはアメリカとも取引し、今まで以上に中国とも取引することが可能となる。
台湾は今まで通り自ら自立した立場にいたいはずだ。アメリカは単独でGDP世界一の座は譲ることになるのだろうが、キリスト教からの人権思想、法の支配、民主主義を世界のスタンダードと考える。日本はアメリカに追随し、日米安保のパートナーとして、前述のようにビジネスだけを政治と切り離し考えることができない。
そこでアメリカが考えたのが「デカップリング」(分離、切り離し)という考え方だ。
デカップリングはアメリカがイランに実施したような経済制裁とは違う。民間の投資や貿易の流れを変え、意図的にある国の経済を縮小させるたり、軍事力と結びつく先端産業や戦略産業をターゲットにし、生活必需物資の流れは止めない。これによって、中国の経済成長、軍事技術や軍事力を抑え込み、中国の台湾侵攻を躊躇させるのが狙いだ。
アメリカはトランプ政権により、イランに経済制裁を行った。これは今でも続いている。ご存知なようにイランは石油やLNGの産出国だから、それらが輸出できないと経済が落ち込んでしまう。そこに、敵の敵である中国がイランの経済の救世主となり、中国はアメリカのデカップリングとしてエネルギーの心配もなくなった。 イラン「反米経済圏」で制裁対抗 中国に25年原油供給も
イランは12イマーム派(シーア派)による「神のいる国」だ。中国は「人が人を支配する国」だ。2つの国は根本的に相容れない部分があるにしても、敵の敵は味方から利害も一致し、25年間という短期的な付き合いはできると判断したようだ。
となると、デカップリングの対象にエネルギーは含むことができないため、アメリカは半導体や医薬品原料(API:Active Pharmaceutical Ingredient)、レアアース(希土類)、蓄電池の4つをデカップリングの重点分野とした。
レアアースや蓄電池(CATL)は中国が自給自足で賄え、中国国内だけでもかなりな市場規模ではないかと思われる。また、医薬品原料(API)は、中国企業が世界の約40%(数量ベース)を製造しており、米国が輸入する医薬品(製剤)の75%から80%は中国やインドが製造している(インドの医薬品原料APIは中国に依存している)。
問題は軍事力と直結する半導体だ。現在のあらゆる武器に半導体は不可欠な存在だ。
しかも、台湾にはTSMCやUMCなどの巨大な半導体製造ファウンドリ(受託生産)がある。例えば、最近のニュースによると、米国のインテルが米アリゾナ州に最新技術で半導体を生産できる2つの工場を新設する投資額が2兆円、台湾のTSMCが半導体の生産能力を強化するため今後3年の投資額がインテルの5倍の1000億ドル(約11兆円)もある。
そして、台湾のTSMCは一部中国への製品供給を中止した。
TSMCの半導体は、アップルのiPhone、医療器具、F-35戦闘機を動かし、世界の半導体売上高の55%を占めているため、TSMCをアメリカに繋ぎ止めようとしている。
しかし、いずれ中国の半導体製造ファウンドリ(受託生産)は台湾のそれと肩を並べる存在になるだろう。
問題は、半導体を作る、あるいは検査する装置を中国がすべて自給自足できるかどうかではないだろうか。
半導体メーカーは半導体を作る半導体装置製造メーカーとは違う。そして半導体装置メーカーは日本が多くのシェアを占めている。その理由は、以下のネガティブな理由からだ。
日本の半導体産業が弱体化しても製造装置産業はなぜ強さを維持できたのか
不幸中の幸いというか、以前に世界ナンバーワンだった日本の半導体メーカーの金払いが悪かったが故に、日本の半導体製造装置メーカーが国外に市場を求め、生き残っている。
もちろん、中国にも半導体製造装置メーカーがある。
中国半導体装置大手のAMEC、純利益2.6倍 20年12月期
さらに半導体製造装置を分野毎に整理した記事(2018年)があるので、参考までに掲載する。
製造装置の国産化を加速する中国
この記事は2018年のものだが、以下のように締めくくられている。
2021年のデカップリングの状況からM&Aには制約がかかるが、キーパーソンの引き抜きは制御が難しい。
そして、中国が台湾有事に踏み切る判断は、これらの半導体製造装置を自国で自給自足できるかどうかが極めて大きな判断情報になると想定できる。したがって、中国が半導体製造装置を自前で製造できる目処がたった段階、このタイミングが中国が台湾に攻め込む時期だと予測できる。
となると、コロナ禍にも関わらず、今から中国ビジネスの代替案としてインドやASEAN(6億人市場で40%はイスラーム)へのグローバルビジネスを加速しておくことが必要な時期に入っているということになる。
(あるいは、パワー半導体、ダイヤモンドウエハーなどのイノベーションも重要)
「台湾有事は起こらない」という正常性バイアスで判断することが、最もリスクのあることだけは確だ。