東浩紀著『訂正する力』を訂正する。

 東浩紀著『訂正する力』を読み,趣旨はよくわかり好著なのですが、僕についての記述に誤りがあり「訂正」していただきたいと思い、東さんのゲンロンカフェへ出向いたのです。しかしテーマが逸れて万博の話になってしまったのでちょっとここに本意を記録しておきたい。

「五輪では夏の暑さが問題になっていました。東京都知事として五輪を招致し,多くの批判に晒された作家の猪瀬直樹さんは、五輪開催前にぼくと対談したときに、『東京の夏は五輪に適している』と主張したことがあります」
 東浩紀によると、過酷な夏に五輪をやるのはおかしい、猪瀬はその主張を訂正しなかったと述べ、拙著『昭和16年夏の敗戦』を引き合いに出して、夏の開催となる東京五輪から撤退しなかったと批判した。
 まずおかしな点を先に一つ挙げよう。五輪は夏に開催することがIOCの条件(米TVの放映権収入により経営が成り立つている、及びバカンスシーズン)で、夏が暑いというなら立候補をするな、即東京五輪撤退である。これはもう「否定」の発想で問題外なのです。
 2020五輪の招致活動はマドリードとイスタンブールと東京の3都市が最終候補に残っていた。カタールのドーハが予選で落ちたのは10月開催を主張したからです。上記の3都市は温帯だが、カタールは亜熱帯ですから確かに夏は無理です。マドリードと東京の真夏の最高気温は32度ぐらいで同じです。イスタンブールはそれより少し低い。日本では毎夏,高校野球の甲子園大会やその予選が各地で開かれています。

 石原慎太郎都知事時代の2016五輪(招致活動は2009年)はブラジルのリオに決まり、マドリードは2位,東京は3位でした。石原知事はディーゼル車の排ガス規制をやり都心の空気を浄化するだけでなく、東京湾の中央防波堤のゴミ捨て場だった場所に植林をした。「猪瀬さん、ぜひあそこを見に行ってください」と言われ行ってみたら木が僕の背丈ぐらいに育っていた。丘をぐるぐる巡りながらてっぺんに登ると天皇・皇后両陛下の歌碑が建っていた。まあ、和歌をかんたんに訳すのは失礼かもだが、この海の見える緑の丘に吾たどりつきたり、というような意味でした。
 その森はいまは鬱蒼と茂っている。100haだから、ほぼ皇居と同じ大きさだ。海から都心へ入る熱い風はこうしていくらかは緩和されるという設計です。
 東京五輪招致にはこういう工夫もされていたのでした。また清水谷公園の森林を伐採して参院宿舎を建設する計画は僕が潰した。都心の緑をできるだけ残すためです(その結果、そこを選挙区にしていた都議会のドンの虎の尾を踏み失却の原因になります)。いま問題の神宮外苑の銀杏並木に対して小池知事は無責任すぎます。
 長くなるので詳しくは『東京の敵』(角川新書)をご覧になってください。

 夏の五輪といってもほとんどがエアコンのある室内競技です。本来のザハ・ハディドの設計は屋根付き、でした。マラソンはもともと耐久レース、早朝のスタートなら問題ありません。1912年のストックホルム五輪で初出場の金栗四三はは熱中症で失格しています。
 最後に『昭和16年夏の敗戦』について。あの本の最大のヤマ場は、オランダ領インドネシアから獲得した石油を搬送する際の計算です。大本営・政府連絡会議の鈴木企画院総裁は役人の提出した曖昧な数字を使ったが、総力戦研究所の模擬内閣はロイズ保険のデータ、英国の商船隊のナチス潜水艦による撃沈率を当て嵌めファクトとロジックで確かめた。その結果、日米戦日本必敗の結論を得た。
 したがって東京五輪と何の関係もありません。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?