物語のカケラ【月下美人】

目が覚めると窓際の椅子に生まれたままの姿の少女が座っていた。まだ朝と呼ぶには早い未明の刻。僅かな光をたたえた月あかりの中でうっすらと水浴びでもしているかのような佇まいだ。こちらに気づくと、求めるよりもはやく自己紹介をはじめる。いや、そもそも待ち構えていたのかもしれない。

「わたしはハナと言います。わたしのことを昼犬と呼ぶ人もいます。昼犬ハナってどこかできいたことなくて?」

ぼくもつられるように自己紹介をする。

「この時間に目を覚まして、君の前で【夜と朝の交換】をできることに感謝するよ。僕はワルツ。自慢じゃないけど、夜犬の異名を持っている。この界隈の夜族の間ではちょっと名の通った存在なんだ。それより君、何も着ていないじゃないか。いくらなんでも恥じらいがなさすぎるんじゃないかな。」

「ふふ。あなたはやはり男性なのね。今夜は月あかりを体に染み込ませたかったの。ちょうどそこのローブを着ようと思っていたところ。私はこの通り、女なの。だけれど、すべての男性を本能で感じると思ったら大間違い。」

「それはこちらだってそうさ。君がどちらにあたるかは別としてね。」

「それよりーーーわたしは昼犬だから、日の出ている間は犬としての役割をはたすわ。あなたはーーー」

「そうさ、僕は夜の間に犬としての役割を果たす。朝が来ればごくごく普通の一般ピープル。君は夜鳥や夜猫のことは知っているね?あと、夕方頃にはカラスにも注意しなければならない。」

「少しならね。でも本当のところはよくわからないの。教えて欲しいわ。少しずつでいいから。」

「昼犬はたいした情報屋ではないってっことか。いいかい、引き継ぎは未明の刻の数時間としよう。さすがに一晩中起きているのは辛いから、そうだな、5時台ということにしようか。ふああ。まだちょっと眠いんだよ。」

「意地悪なワルツ。裸踊りしないだけましだけれどね。とにかく、昼の間、私は街の様子をみてまわることにするわ。まだ【コト】は起こってないのよね。」

「そうさ。昨晩からも大した動きはなかったからね。ほら、コードネーム【銀河鉄道】もまだ眠ったままさ。ではさっそく、はじめるとしましょうか。」

こうして、久しぶりに【夜と朝の交換】が行われた。何かがはじまろうとしている。が、はじめるのはあくまでも夜族だ。夜鳥が騒ぎすぎると収拾がつかなくなるから気を付けなければならないのだが…。

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