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ファミレス(3/4)

 それからもおれは毎日のようにファミレスへ行った。平日の会社帰りだけでなく、休日に一日中滞在する日もあった。

 あるときに思った。小学生の女の子が全く似ていない男と頻繁に店に入り浸っているのは、やはり不審に思われるだろうか?それが会社に知れたらどうなるのだろうか?

 結論からいうと全く問題なかった。二週間もしないうちに、店員がこちらのことなど一切気にかけていないことにおれは気ついた。家庭教師と教え子とか、そういう関係だと思われたのかもしれない。

 おれと彼女は本当にいろいろな話をした。お互いの好きなゲームの話や、服はどこで買うのかといったことや、おれの仕事や彼女の学校の話などをした。学校のことを教えてくれたときはホッとした。「よかった、ちゃんと普通の小学生なんだ」と思った。

「トモヤ、よくそんなで会社クビにならないね」

「日本の会社は優しいんだよ」

「給料ドロボー」

「その金で食うわらび餅はさぞや美味かろう」

「超美味い」

 楽しかったな、と部屋で一人になったときにふと思った。なんだか懐かしい気持ちだった。

 しかし、不眠の症状は一向に改善する兆しを見せなかった。それどころか、日を追うごとに不眠の症状は悪化していった。というかファミレスに行くたびに、ますます不眠の症状は悪化しているようにすら思えた。

 そして、それにともない、あの夢を見る回数も日に日に増していた。

その時間は少しずつ長くなっているように感じた。

それはその日も。

明くる日も。

その夜も。

その次の夜も。

回数を重ねる。

時間は長くなっていった。

 風はやんでいた。

 代わりにホラ貝を吹くような、ボーッという間延びした音が彼方で聞こえる。 

 黒い霧はどこまでも立ち込めていた。

「キミさ、なんでこの会社に入ったの?」

 おれはハッキリと答えることができない。そんなのわからない。わかっていればもっと努力を惜しまないし、成果だって発揮できると思う。

お前みたいな。

お前みたいな無能に馬鹿にされることもない。

「あのねえ、何回言ったらわかるんだよ?おい。お前さ、給料貰ってやってるんだろ。どうやったら、もっと真面目にやるんだよ。恥ずかしくないのか?なあ」

「うるせえな。早く死ねよ」

「な」

「死ね」

 おれはスーツのポケットからナイフを取り出した。

ぐさ。

ぐさぐさぐさ。

 あ。

 朝だ。

 時計を見ると、いつもの起床時間をとっくに過ぎていた。

 やばい。急いで支度しないと。

 …ああもう、こういうときに限って寝ぐせが治らないんだ!

 鍵は?鍵はどこだ?ないないないない。

 ああ、あった!

階段を駆け下りる。

だんだんだんだん。

だんだんだんだん。

だん。

 あ。

 アパートから出た外は、黒い霧に包まれていた。

<つづく>

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