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京育ちに聴く vol.2 京料理の魅力

子供の頃から京都で育った人たちに、京都の魅力をきくシリーズ。第2弾は、京料理店・畑かくを営む新造一夫さんに、京料理について聞きました。

「日本料理」と言えるわけ


皆さんは、京料理にどんなイメージを持っているだろうか。

794年、平安時代の始まり、和気清麻呂が遷都を決めた山背国(現在の京都市)には食べるものがほとんどなかった。都造営には多くの人手が必要で、その食糧を全国から運ばせる必要があった。また、天皇も口にする食事ということで、各地の名産の中でも格別の食材が京都に集まってくることとなる。新造さんはこのことから京料理を、「日本料理そのもの」だと表現する。その土地独自の郷土料理に対し、日本全国の産物や味が合わさってできているのが京料理であると。

【この頃京都に運ばれてきたもの】
・川魚:水を変えながら、生きたまま運んでくる
・蘇:ヤギのミルクを練って作ったもの。さらに練ると「醍醐」というものになる。ここから醍醐味という言葉ができた
・猪、鹿:冬は生肉、夏は干し肉が送られてきた


畑かく店内:お話を伺ったお部屋。普段はお客さんが来ると思われる静かな個室


北前船が運んだ味

とはいえ、初めから各地の名産を食べることができたのは天皇や貴族のみで、庶民の食事はというと、京都で唯一生産される野菜を炊くなど質素なものだった。江戸時代になり、世の中が落ち着いてくると、庶民の中からも美味しいものを食べたいという要求が高まってくる。調味料の少ない時代、どうしたら野菜にいい味をつけられるのかー。

そんな近代の京料理に貢献したのが、北前船だ。北海道から、日本海側を通って下関を回り、大阪に着く。この船によって、京都には昆布が届くようになった。一番質の良い昆布は、福井の敦賀に下され、琵琶湖という最短ルートを経て京都に入る。そんな昆布からは、野菜に美味しい味をつけることのできる出汁がとれた。


畑かく店内:和室の窓からは立派なお庭が眺められる


出汁のいろいろ


これに加えて、京都の井戸水は質の良い軟水だ。軟水は昆布の出汁を取りやすい。物流と水の恵みを受け、京都では鰹節と昆布、この二つを合わせて出汁を取ることができるようになった。旨みというのは、動物性のイノシンと植物性のグルタミン、両方があるとより良くなるそう。

反対に、関東の井戸水はローム層の影響で石灰分が多い硬水である。この水は昆布から出汁を取るのに適していないため、関東の出汁は鰹節のみであった。昆布から取れない甘みを、関東では醤油に頼る。

「うどんを食べたら、全国の味、つまり出汁の文化がわかる」と新造さんはいう。京都でも小学校4年生になるまでに出汁の文化を知る食育が行われている。

ちなみに、京都の人が日本海側に旅行に行くと、料理が口に合うらしい。それは、北前船が同じ食材や昆布を下ろしていたからだ。新造さんが教えてくれたちょっと面白い豆知識。

京料理の工夫


特産品や調味料がないからこそ、野菜を出汁で美味しく炊くように、京料理には他の土地にはない「一工夫」がたくさん必要だった。例えば、物流がある程度発達した時代になっても悩ましいのは魚の調理方法だ。海がない京都では、他の土地から魚を運ぶより仕方がない。魚の中でも京都まで傷まずに持ってこられるものの代表格が、あの有名な「はも」である。はもは京都独自の文化だ。近隣の県でも大阪には海があるので、わざわざはもを食べなくても他の魚がある。また白身魚でも、京都の人がよく食べるのは日持ちの良い「鯛」のみだそう。

そんなふうにしてはるばる運ばれてきた魚を調理するとき、特に重宝されるのがお酢。京都には酢を使う料理が多いが、その理由はなんと「少し腐っても誤魔化せるから」。千年の都・京都の料理と聞くと、高級な食材をふんだんに使った華やかな料理をイメージする人もいるだろう。それとは反対に、厳しい環境であった京都独自の苦心の策。これが集まってできたのが、意外なことに「京料理」の特質なのだ。


畑かくご主人・新造一夫さん



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