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百三十四話 武神降臨

 必死。死に物狂いの匍匐。
 生死を分ける草の根を、浅井は数十分前進した。
 野獣の蠢きを感じる。
 近づくにつれ、猛獣にも似た
 人間同士の争いが行われていることがわかる。 

 ギュゴゥ、ベゴ、バゴッ
 ドスッ、バキッ

 打撃、打擲ちょうちゃく、殴打、撲折
 
 項羽かと思った。
 優に二メートルはあろうか・・・ゴリラみたいな敵兵がいる。
 それと友軍古兵が取っ組み合っている。

 浅井は観た。
 草葉の陰から。
 とくと見た。
 最後尾どころか整番一番、最前線で。

 途中までいい勝負していた。しかし、気合だけでは如何ともし難く、古兵が徐々にされ始める。
 劣勢――浅井は汗だくなった。
 見ているだけなのに悪寒が走り、圧倒される。ただ、その一方、何とかせねばという思いも湧いてくる。

 「敵を撃たねば・・・。ただ、撃つと味方に当たりそうだ・・・」
 
 しかし、現実は何も出来ない。ただ地に伏せ、ゴキブリのように這いつくばっている。

 古兵が敵の強烈過ぎる一打をまともに喰らった。
 「ガバァーー」
 鮮血飛散。血を吐き、吹っ飛ばされてダウンし、噎せている。

 その刹那、突如、友軍の一人が現れた。
 足が上がる。高い打点。
 かかとの拍車できびすを返す。

 「アガッーーー!!」
 拍車が目をえぐった。
 敵の眼球がCGの如く飛び出て中空に舞う。
 「ウゴォ・・・ゥ」
 一帯に響く呻き。

 蹴速けはや――垂仁天皇七年七月七月、何でもありの古代相撲で、負けた方が死ぬ天覧試合を野見宿禰のみのすくねとやった当麻蹴速たいまのけはや
 浅井は思った。皇国興廃の危機を見かね、太古に死した蹴速が降臨したのだと・・・。

 だが、それでもなお、敵に効いた素振りが見られない。
 すると蹴速は、手にした銃剣で刺し続けた。
 蹴りだけでは、射止めることが出来ない敵がいる――『日本書紀』にも記された伝説の一戦で学んだのだろう。そう思えば、宿禰も救国に手を貸したと言える。

 八岐大蛇ヤマタノオロチ、野見宿禰、大国主命・・・
 悪しき支那討伐のため、また大和防衛のために、八百万やおよろず武神かみが挙国一致してくれたのだ。
 大感動。感動に涙する浅井。
 そして、ついに蹴速は、腰から銃を抜く。
 銃声一発。敵を亡き物にした。

 「大丈夫か!?しっかりしろ!」
 蹴速の化身兵である中隊長が、手負いの古兵に駈け寄った。
 「はい、眼鏡を落としました」
 「そうか」
 「かたじけないです」
 古兵の顔は巨石が埋まり陥没していた。
 いわば名誉の巌窟王である。

 それにしても、劇的な助太刀だった。
 浅井は、鮮やか過ぎる友軍兵の助っ人に感極まる。その一方で、何も出来ずに、ただ見過ごすだけに終わった己に忸怩たる思いだった。

 一生後悔するかもしれない・・・そして、もしあの時、蹴速が現れなかったら・・・。
 
 そう思うと実に後味の悪さが残る。未だ草叢で地に伏せ、匍匐のまま、苦虫を噛み締める浅井。
 突如、後方から支那語ちゃんごが聞こえて来た。
 戦場で、後悔の余韻に浸る間など一切ない。
 本能が危険を知らせる。
 浅井は匍匐前進を再開。敵陣のやや開けたところに出た。

 山頂だろうか・・・頭を少し上げる。
 濛々と立ち込める土煙、舞う砂塵。
 最早、世紀末のような世界線が広がっていた。

 グギャーーーーン!
 轟く爆音の合間から、人体や金属がぶつかりあう音や粉砕音が聞こえた。
 うしおのように噴き出る鮮血。
 土砂のように傷口から落ちる腸。
 よく見ると各中隊長も日本刀を抜いて戦っている。
 斬り合いの中、返り血を浴び、血達磨や業火を浴び火達磨になる兵も居た。
 人間離れした合戦の声が各所で聞こえる。
 さながら戦國時代同様の戦いが繰り広げられていた。
 
 砲弾が破裂し、一瞬で多数が消える中、浅井も声を上げて飛び出した。
 捲土重来。死に場所が巡って来たと思う。
 幅広い青龍刀を振り回す國府軍相手に、銃剣を突き刺す。そして、掠り傷一つ負わず、勝って生き残る奇跡の生還を果したのだった。

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