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百八話 徐州会戦

 昭和十二年十二月、蔣介石は首都・南京を捨てた。普通、国と国の戦争で、首都が陥落したら終わりである。
 日本内地では、著名な活動家・大川周明などもこれで支那は手を挙げると思っていた。
 が、欧米グローバル主義者の手先である支那は、違った。英米の支援が受けやすい西へ西へと逃れ、長江半ばにある重慶に遷都する。
 
 「その後、わが聯隊はどうなったのでしょうか!?」
 浅井が、再び寺尾に聞いた。
 「昭和十三年五月十日、第二大隊に江蘇州徐州へ出動命令が下った。徐州は中支の要衝で、蔣介石は死守すべく漢口に在って自ら指揮を執った。敵は、徐州東方地区に三十七個師団、大運河ー黄河ーろう海線を結ぶ三角地帯内トライアングルゾーンに、十二個師団、徐州南方地区に二十個師団、総勢実に六十九個師団、四十万の兵力を配備していた」
 「四十万ですか・・・」
 「ああ、しかも隴海線沿線には、数年掛かりで築いた強固なトーチカ陣が延々続いているということだ。我が軍は、この陣地での戦いを避けるため、徐州東方地区で陽動し、敵をトライアングルから誘き出す。その間、有力部隊をもって、南北より急進。敵の背後を遮断し、三角地帯に戻れないようにする。その上で、包囲殲滅する作戦だった。我が第二大隊は、十日、北京を出発後、天津において、支駐歩二の平山中佐の指揮に入る。平山中佐は、他に支駐歩三、混成各一個大隊も併せて指揮し、平山支隊を編成していた。翌日、静海区を出発し、十三日、山東省済寧市で第十六師団長中島中将の指揮下に入った」

 「編成につぐ編成ですね」
 「なにしろ敵は、四十万人いるからな。その後、平山支隊は、師団の左縦隊となり、徐州から北北西へ百粁米km余り先にある魚台県を占領。十八日、敬案集付近に進出し、敵の退路を遮断した。翌十九日正午過ぎに、徐州は陥落したよ」
 「へっ?!もう勝ったんですか」
 浅井は、一瞬拍子抜けした。今までの数倍の大軍、さらに兵長の徐州作戦の説明がいまいち理解できず、相当な困難が予測されたからだ。
 寺尾は、苦笑した。
 「そう簡単に言ってくれるな。済寧出発の際には、糧秣、弾薬ともに充分携行していたが、道中兵站線がないため、日増しに糧秣の欠乏に悩まされながら進んだんだからな」
 「誠に失礼しました!その状態で、陥落させたとは、恐縮の至りです」
 「そこからがまた大変だ。徐州で糧秣補給を受け、二十六日、支隊は師団の命令に基づき、隴海線路沿を西進した。六月一日十時頃、支隊の尖兵となった二大隊の第七中隊が、徐州から西西北へ百五十粁米km余先にある河南省寧陵県柳河集硯山付近の敵陣を突破し、さらに追尾、前進した。平山支隊長は、馬牧集付近に至るまで、七中隊の前進停止を再三命じたが連絡がつかない。掌握できないまま大隊復帰を命ずるも、七中隊は馬牧集ー火食店間に展開し、敵を攻撃中だった。そのため、支隊ならびに大隊も逐次展開して火食店の敵を攻撃。十一時にこれを撃破した」
 「殲滅したんですね!」
 「それが、尚敵の一部は、部落内の倉庫に立て籠もり、頑強に抵抗して来たんだ。我が小銃部隊の一部が追撃し、火食店よりさらに前進するも、正面で隴海線の線路に沿って鉄条網を張り巡らし、側面から迫撃砲と共に猛射、挟撃して来る。我が方、一部救援部隊を出したが打開できず、生存者は、続出する戦死傷者を救出しながら、必死に火食店の戻った。なお、この際、友軍偵察機が飛んで来たので、急いで布板信号を出した。しかし、我が軍を包囲せんとする敵の大部隊を見つけたようで、応答なく飛び去った。これは、二大隊の木谷大隊長が、斥候を出して敵大部隊を確認しており、機関銃隊長を呼んで今後の行動を指図していた」
 「なんと!そんな危機が・・・」
 「火食店の部落は、綿畑に囲まれた普通の大きさの部落だったが、外壁はなく、家屋は散らばっている。壕も所々にあるのみだ。防御に適さない上、この三日間の激戦で、我が方疲労困憊の極致にある。そこに十数倍の敵が包囲して来たら結果は火を見るよりも明らかだ。大隊は、収容援護隊一小隊を派遣して日没と共に戦死傷者を収容し、銃砲馬や弾薬小隊の輜重しちょう車、担架等で、馬牧集まで後退することを決めた」

 「脱出できたのでありますか?!」
 知らず知らずのうちに、浅井は手に汗握っていた。額にはうっすら油汗をかいている。
 「後退途中、左前数百より自動車数十台のライトの光芒が見えた。これが、特別緊急救援部隊の第三梯団で、敵の包囲を脱出することが出来たんだ。以後、馬牧集にて戦死傷者の処置やその他準備を整え、再び隴海線に沿って西進した。前日交戦した敵の司令部がある部落では、膨大な軍事物資を獲得する。支隊は、残党を掃討しつつさらに西進し、六月五日、野鶏崗付近における警備を任された。もっとも六月末には、同地を発ち、列車にて天津に戻ったがな。七月五日、支隊は編成を解かれ、聯隊に復帰した」
 「おおぉ、、、」
 「但し、この火食店の戦斗で、七中隊長の亀正夫大尉、山本重作少尉、岡田操少尉以下二十数名の戦死者と多数の戦傷者が出た」

 畏敬の念から、震えが起きる。
 浅井は思わず目を伏せ、合掌していた。

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