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アーティストと高校生が「映像」「建築」「食」を通じてメンタルヘルスに取り組む「UI都市調査プロジェクト」

取材・文:白坂由里(アートライター)

「食」チームによる「みそしる点前」の撮影風景。撮影:西野正将

都市における「メンタルヘルス」のあり方について、アーティストと高校生を中心としたユースが、クリエイティブな視点で調査・共創する「UI都市調査プロジェクト」。初の試みとなる今回は、上野千蔵(撮影監督・映像作家)が「映像」チーム、林敬庸(大工・建築家)が「日本建築」チーム、yoyo.(料理人)が「食」チームのリード調査員となり、各チーム6〜8名のユース調査員とともに、対話を重視した体験型の学びに取り組んだ。併せて、美術家・映像ディレクターの西野正将を中心として、ユース4名で「撮影記録」チームを結成し、各チームの調査プロセスを映像と写真で記録した。

それぞれのチームが2022年8・9月に顔合わせして調査を始め、10・11月から制作に取りかかった。2023年2月20日〜28日、YAU STUDIO(東京・有楽町)で開催される「MINDSCAPES TOKYO WEEK ―アートと文化的な視点から考えるメンタルヘルスとは?―」では、成果などが発表される。ここでは、UI都市調査プロジェクトのこれまでの概要と、同行取材を通じて気づいたことをレポートする。

「ふつうってなんだろう?」。問いから関係性を築く映像チーム

UI都市調査プロジェクトに、学校法人角川ドワンゴ学園N高等学校・S高等学校から参加したユースたちは、学年も入り混じり、初対面から始まった。NPO法人インビジブルでインターンを務める韓国や中国からの留学生も一員となっている。コロナ禍が収束に至らないなか、オンラインでの自己紹介から、実際に対面での調査やミーティングを経て、より自然に意見が交わされるようになっていった。

映像チームでは、映像制作を通して社会問題にもフォーカスする上野千蔵から「普段当たり前のように使っている言葉を見直してみたい。例えば、“ふつう”ってなんだろう?」という問いかけがあった。自分はどこかおかしいのだろうか。そんな悩みや病(やまい)の判断基準の境目にもなりかねない「普通」という言葉。ユース調査員たちは、まず身近な人々に「ふつうってなんだと思う?」といったことを尋ね、その調査をもとにメンバー同士でも対話を重ねていった。「マジョリティ(多数派)ってどう決まるのか」「日本では、人に迷惑をかけないことが重視されるあまりにルールが厳しく、個人の自由が尊重されていないのではないか」「それぞれの個性を受け入れたい」「同じ人はひとりとしていない、違うことが美しい」といった意見が交わされた。

テーマについて語り合う「映像」チーム。中央は上野千蔵。撮影:西野正将

さらに調査を深めるため、「ふつう」についてのインタビュー映像を撮影することになった。その際「お互いに触れ合える距離で見つめ合い、思いやる気持ちで撮影する」ことをルールとし、上野のアドバイスを得ながら撮影の練習をした。

お互いを撮影する練習。撮影:西野正将(上)、ミツキ(下)

その後、それぞれが撮影した映像群を、上野が編集し完成させた。辛かった経験を素直に話し始める人がいたり、親友との関係性を確かめ合う機会になったりと、他者の話を聞くことで「ふつう」に対する視野が広がる。

メンバーのひとり、新井悠斗さんは、親しい友人を撮影した。ひとつの話題をとことん掘り下げて話ができる友人だという。「今回は“ふつう”ってなんだろう、というテーマはもちろん、それに答える本人のパーソナリティを引き出せたらと思いながら撮影しました。カメラが間にあることで、かえって照れたりせず、お互いに傾聴しながら話ができて、新しい発見が嬉しくもあった」と語る。

また、他のメンバーの映像を見て「笑顔が多い印象があります。普段なら恥ずかしくて話せない話をする相手を思いやる表情などを見てほしい。自分たちと同じ中高生をはじめ、情報社会の荒波のなかでもみくちゃにされている若い人たちに見てほしいですね」と話す。「じっくりと自分と向き合えて、新しい価値観を見つけるきっかけとなる、学びのある動画になったと思います。少しでも心に温かみを感じていただけたら嬉しいです」と新井さん。若い世代の話を聞く機会が少ない人にも、ぜひじっくりと見てほしい。

「究極の寝床」とは? 模型や言葉で表現する日本建築チーム

一方、日本建築チームでは、日本の木造建築に関するワークショップなどを行う岡山県在住の大工、林敬庸から「安心して眠れる場所とはどういうものかを考えたい」という問いかけがあった。林には、震災など緊急時にも十分に睡眠がとれる生活空間についての思いもあった。そこで「“究極の寝床”とは何なのか?」をテーマに調査を開始。老舗寝具メーカーや防災体験学習施設「そなエリア東京」(東京臨海広域防災公園内)を見学し、話を聞いた。東京都現代美術館で開催されていた『ジャン・プルーヴェ 椅子から建築まで』など建築展も鑑賞した。

建築倉庫 WHAT MUSEUMで『建築模型展―文化と思考の変遷―』を鑑賞する日本建築チーム。上の写真、右側は林敬庸。撮影:西野正将

それらを踏まえて、ユース調査員それぞれが考える“究極の寝床”の模型を制作。紙の模型では、「天井に丸穴があり、太陽の周期に合わせて寝られるという円錐状の建造物」「自然を取り入れた建造物」などが発表された。横見賢一さんは、VRで「折りたたみ式のソーラーパネルのある家」を制作。この横見さんを中心として、みんなの作品を一つのVRに入れ込むことにした。「MINDSCAPES TOKYO WEEK」では完成したVR作品を体験できる。林自身も木を使った模型を発表し、釘を使わない日本建築の工法なども紹介した。

ユース調査員が制作した模型。撮影:西野正将

メンバーのひとり、伊藤美咲さんは、「寝具の会社に見学に行き、枕の厚さや材質など細やかな配慮があることがわかりました。自分には素材の質感を描く技術はないけれど、それまで気にしたことがなかったので学びがあった」と語る。

老舗寝具メーカーの体験型店舗で取材。撮影:荒生真美

模型制作では当初、思い出のあるもの、自分の好きなものに囲まれるとメンタルが安定すると思い、いろいろなものを詰め込んだ家を舞台とした、ゲーム仕立ての作品を制作した。しかしその後も日々考え続け、「私たちは常に情報に囲まれているので、情報がない、何も考えない無の時間が大事だ」と思うようになり、要素を削ぎ落として、寝室と本棚空間を分け、瞑想的な作品にブラッシュアップした。

また、日本建築チーム全員が執筆した「究極の寝床論」を冊子にまとめた。「書く作業を通して、眠る状態にどんなコンディションが最適で何を求めているのか、言語化できるようになった」と伊藤さんは語る。観る人も、自分だったらどんな寝床がいいかを考えながら、それぞれの“究極の寝床”を楽しんでほしい。

こころを扱う場を求めて。「みそしる点前」を提案する食チーム

食チームでは、南インドの旅で料理に目覚め、現在は新潟県を拠点に野菜中心の料理を作るyoyo.から、「現在、生産の現場は見えづらくなっているけれど、誰かがつくったものを食べていることを忘れないでほしい」といった話があった。食べることと丁寧に生きることが、心とつながっているのではないか。そこで「“こころを扱う場”を求めて」というテーマを設定。鎌倉の市場やパン工房兼ショップなどのフィールドワークを実施した。

パン工房兼ショップ「今此処(いまここ)商店―NOWHERE BREAD―」撮影:西野正将
鎌倉中央食品市場で食材を購入し、今此処商店でパンを使ったランチをつくって食べた。撮影:西野正将

yoyo.は当初、茶道および茶室がヒントになるのではと考えていたが、「日本人の昔の暮らしにあったものにヒントがあるのでは?」という話の際に、ユースの間からふと「味噌汁を飲むとなぜかホッとする」という意見が出た。それをきっかけに、味噌汁をいただく作法「みそしる点前(てまえ)」をつくることになる。みそ玉をつくり、湯を注ぎかき混ぜる、お椀を渡すといったひとつひとつの所作に心遣いや温かみを持たせることで、こころを整える過程をつくる。みそ玉とおにぎりの容れ物や箸などをセットしたキットもつくり、野外でもできるようにした。

「みそしる点前」に使うみそ玉づくり 撮影:西野正将

メンバーのひとり、國田葵さんは、調査のなかで、森美術館で開催されていた『地球がまわる音を聴く パンデミック以降のウェルビーイング』を見たことで、プロジェクトへの向き合い方がつかめたという。「言葉では形容できない感情などをこんなふうに表現していいんだと、今のアートのあり方を知ることができました。そこからみそしる点前の所作も考えることができたと思います。みんなでご飯を食べたり、具材を工夫して調理したりした時間も繋がっている」と語る。

さらにみんなで、「みそしるチャレンジ」と称して、7日間毎日、自分の食べた味噌汁と継続した行為をSNSに投稿する試みも行った。國田さんは「味噌汁が特段好きというわけではなかったが、何を入れても美味しく健康的で、日本文化として見直すこともできた」と語る。

また、「みそしる点前」の映像も制作。「MINDSCAPES TOKYO WEEK」では、この映像を上映し、来場者が参加できる「みそしる点前」のパフォーマンスを行う日もある。併せて「みそしるチャレンジ」の写真なども展示する。

さて、こうしたプロセスに併走した「撮影記録」チームにも話を聞いた。メンバーのひとり、ミツキさんは「回が重なるごとにみんなが仲良くなり、撮影がうまくできるようになった。カメラが回っていることを意識させず、いい顔で撮れるようになった」と語る。手元とか一部だけでなく、状況や全体の様子がわかるように撮影することを心がけたという。

各チームの調査や制作過程を追う「撮影記録」チーム。撮影:西野正将

最後に、筆者が取材のなかで感じたことを挙げたい。それは、食チームが、上野公園を散策しながらいつものミーティング場所である日暮里の「東京ガレージ」まで歩いた日のことだ。道すがら「こころ」を感じるものや誰かを和ませるものを見つけたらメモか写真に撮ることになっていた。「公園で木の存在や空気が澄んでいるのを感じた」「いつもは見ないところを注意して見るようになり、いつも通りでいつも通りじゃない、この前は知らなかったきれいなところがたくさんあった」といった感想が挙がった。また、上野公園内の韻松亭(いんしょうてい)で、普段の食生活とは異なる会席料理を食し、季節の食材、配置、彩り、器などを五感で味わった。他者と一緒に体験や気持ちを共有できたことが、メンバーのその後の制作に作用していたと思う。

yoyo.の実家で合宿が行われた日には、みそしる点前の映像撮影を行った。撮影はいくつかのパートに分け、それぞれが監督になって行われた。冬に近づく寒さのなか、鳥の鳴く庭で、午後から日没直前まで。演出の指示、OKか否かの判断、進行など難しいことが多いなか、撮影方法から考えて協力し合えていた。

「みそしる手前」の撮影風景。左はyoyo. 撮影:西野正将

食チームの國田さんが「今回の出会いや経験が自分にとって大きな転換点となりそう。やってみる前に、僕らはつい考えすぎてしまうところがあるけれど、のびのびとできて感謝しています」と話していた。他にも同じような感想を抱いたユースがいても不思議はない。UI都市プロジェクトは、まず実践したメンバーに心の変化をもたらしたといえる。さらに鑑賞者あるいは他者のメンタルヘルスにどのような作用をもたらすか。「MINDSCAPES TOKYO WEEK」は鑑賞者と一緒に考える機会になりそうだ。

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