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エッセイ「こじはると沢庵」

1年ほどテレビに出ていたことがある。昨年の4月から週に1回、日本テレビの「スッキリ!!」という情報番組でコメンテーターを務めていたのだ。

出演する日の朝は、まだ暗いうちからゴソゴソと起き出して6時半にスタジオ入り。メイク、打ち合わせ、生放送と10時半まで続いて、帰宅するとまだ11時前だ。

「早起きは三文の得」とばかりに、そこから爽やかに一日を始めればいいのだが、そうもいかない。

変なことは言えない生放送の緊張で、帰宅後もなかなか神経は休まらず、下手をすると一日中使い物にならなかったものだ。

そんなある日、いつものようにヘトヘトで帰宅すると、たまたま「有吉AKB共和国」が録画されていたので、何の気なしに再生してみた。

番組は、MCの有吉弘行が小嶋陽菜とともにAKB48の若手メンバーをいじっていくバラエティ。

チャラチャラと着飾ったたくさんの若い女の子。他愛のないおしゃべり……。それらを眺めているうちに、ささくれだった神経がみるみる癒やされていくのが、実感として感じられたのだ。

驚いた。なるほど。これが噂に聞く「アイドル」というものの効用か。現代の疲れた心を救う良質なドラッグ。

それ以来「スッキリ!!」終わりの朝は、局からもらってきたおにぎりをまむまむと食べながら、AKBの子たちをにやにやと眺め、少し仮眠を取ってから通常営業に戻るのが習慣となった。

出演は3月いっぱいで終了し、これといったストレスを感じない日常が戻ってきている。実にありがたいことだ。

さらには、AKB48を足がかりに、乃木坂46をチェックしたり、欅坂46をオタク気取りで批評したりと、ささやかながら「アイドル」という趣味をたしなむようにもなり、人生に彩りが加わった。

でも。それでも。あのストレスフルな1年間ほどには、彼女たちの笑顔に癒やされないのも確かだ。

お腹が空くから食事はおいしい。メンタルが荒むからアイドルはかわいい。

あの、一瞬脳みそがとろーっと弛緩するような多幸感、朝っぱらから後ろめたいことに励んでいるような背徳感は、おにぎりに添えられていた沢庵の味とともに、いまでもたまに思い出す。

(初出:小説すばる 2016年10月号)

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