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【第4話】ゆがんだ鏡

今回読んでいただきたい2分で読める1000文字小説は、どこにでもいる疲れたサラリーマンの小さな葛藤の物語です。他人からみればどうでもよいことも本人にとってはそうはいきません。だって生き方に対する悩みだからです。電車の中は彼にとって悩み考える場所になっている。果たして光明は見えるのか。



1000文字小説

 好きなことをして生きよ、なんとも甘美な言葉だ。特に会社帰りの電車で、このまま惰性で会社人やってていいのか考えることが増えた。毎度このままでは駄目だという考えに至るも、会社人辞めて家族を養えるわけないと諦める。ときに周りの人を思い浮かべ皆んな一緒だと安心したりもする。そんなことを何日も続けてると、ふと閃くことがある。そうだ、小さいことからやればいいのだ。まずは家で好きに過ごそう、そう決めて電車を降りた。久しぶりにお腹の底から湧き上がってくるような静かで身体中に広がっていく興奮を感じる。

  家に帰ると子供たちがバラエティー番組を見ていた。いつもの光景だ。
「録画してる番組見るから変えるで」そう言って番組をかえると、何すんのよ今見てるとこやのに、とすごい詰め寄られたが
「今までずっと見てたでしょ」と言うとすごい剣幕でおまけに妻も参戦してきてボロカスに言われたあげくチャンネル権は奪われてしまった。想像以上の抵抗だ。よし、今晩は健康のために走りに行こう。「ちょっと走ってくるわ」と言って外に出る。少し肌寒いくらいだったが家に着く頃にはじんわり汗ばんでいた。体を動かしたこともあろうが清々しい気持ちだ。夜ランって悪くないな。しかし、家に入ると妻が激怒していた。
「何勝手なことしているのよ、早くお風呂入って、ご飯食べて子ども寝かしつけしなさいよ。」まくし立てるお手本のように怒られる。まぁいい。丁度お風呂に入りたかったところだ。普段はゆっくりと入れないが、今日は好きなだけ入ると決めた。耳障りな換気扇のスイッチを切りスマートフォンを持ち込み音楽を流す。湯船の気持ちよさに呼吸もゆっくりとなってきたときだ。ドシドシと不調和な何かを含んだ足音が近づいてくる。
「いつまで入っているのよ。換気扇切らないでくれる、お風呂にカビが生えるでしょ。早く出てきて」いつもより低い声で妻が一方的に吐き捨て、換気扇が回り始める。

 何もかも裏目になり家族には白い目で見られた上に何一つ爽快感はない。その晩布団の中で一人反省会を開いてふと気付く。そうか、自分の意志で日本の会社に入社したし結婚したが、きっとただ楽をしたいのに出来ずに不満が溜まっているのだ。

 何日かたち、帰宅時の電車の中で夜の暗闇のせいでボヤけた鏡となっている車内の窓ガラスに映る自分を見て、このままでいいのか?とまた考えている。ありのままを歪めて写す鏡から答えはない。


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