「なんで勝手に捨てるの？」


ぼくは静かに怒りをあらわにした。

ゴミを捨てに行こうとしたら娘から誕生日にもらったお気に入りのサンダルが見当たらないのだ。ちょっと近所まで行く時やゴミ捨ての時によく使っている。

妻が整理整頓を始めると、妻自身が使わないものは捨てる対象になる危険がある。これは使っています。ぼくに必要なものですと妻に分かるようにアピールしないと、ある時突然消えてしまうのだ。たった一言聞いてくれればいいのに。

その度にぼくは「なんで勝手に捨てるの？」と言って腹を立てた。

そんなことを繰り返しながら数十年の年月が経ったある日、妻はぼくにこう言った。


「準備ができたので家を出て行きます」


いろいろ言いたいことはあった。こんな日が来るのではと心配はしていたが、いざその時になると意外に返す言葉は見つからなかった。

幾度となく繰り返してきた言葉だけが声になった。


「なんで勝手に捨てるの？」


終