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【完結小説】好きが言えない3 ~凸凹コンビの物語~


『好きが言えない3 でこぼこコンビの物語』完結しました!
こちらの記事では一気読みができます。
連載中の内容から加筆、修正しています。

人物ごとに段落分けしているので、
きりのいいところまで読んで、「続きは後で」、もOK!
今を一生懸命生きる高校生たちを描いた物語です!


1 事件

 そこでの経験は、一言では説明することができないほど素晴らしいものだった。

 あの夏、おれたちの夢は叶った。
 そう、甲子園に「行く」って夢だ。
 結果は初戦敗退だったけど、それでもみんな胸を張って帰ってきた。
 県代表ってだけで誇らしかったし、このままのメンバーでずっとやっていきたいとも思っていた。
 それだけ、永江先輩の影響力は大きかった。

 あまりにもすばらしい先輩が率いた最高の夏。
 そのあとを二番手ピッチャーであるこのおれが、野上路教(のがみみちたか)が引き継ぐなんて誰が想像していただろうか。

   *

「なんで祐輔じゃないんですか!?」
 噛みついたのはおれだけじゃない。
 ほかにも何人かが同様の反応を示した。

 けれど永江先輩は淡々と、
「その発言力を買ってのことだよ」
 と言ったのだった。

「いいかい、野上クン。 人にはそれぞれ役割ってものがある。確かに、本郷クンは素晴らしいピッチャーだし、彼の投球がチームに良い影響を与えるのも事実だ。でも、ピッチャーは周りに助けられてこそ力を発揮できるんだ。……わかるかい?」

「……おれが、祐輔をサポートするってことですか?」

「そう。君にもピッチャーの素質はある。でもそれ以上に、チームをまとめ上げるだけの力がある。部長に必要なのはこっちだ。二年の中で唯一、君だけが持っている力。それをこの一年、発揮してもらいたい」

「……おれに、できるでしょうか」

「できるかどうかは、やってみなけりゃわからないさ。でも、君ならやってくれると信じているよ」

 永江先輩に言われては断ることもできず、引き受けるしかなかった。

   *

 優秀でいつづける。言うのはたやすいが実際のところ、これがなかなか大変なんだ。技術的な面についてはこれまで努力で何とかしてきたし、うまくもいっていた。だけど「部長」って役職ではそれが通用しない。
 
 頑張ってるのに結果が出ない。
 むしろ悪いほうにばかり進む。
 それって、おれだけだろうか。

   ☆

 それから半年。5人の後輩が去っていった。部員のやる気は皆無と言ってもよく、気づけば練習をさぼる人間のほうが目立つようになっていた。一応、部としての活動はしているものの毎日「自主練」ばかり。実戦に向けた練習はほとんどできていない状況だった。

 永江先輩、やっぱりおれを部長にしたのは間違いだったんじゃないですか? 祐輔が部長をしていたら今頃は……。

 みんなの気持ちをつなぎとめようと頑張ってきたけどもう限界。年度が替わり、新入部員を迎える時期になったというのに部員が集まる気配もない。そりゃあ、ろくすっぽ練習してないんだから、活動してないんじゃないかと思われても仕方がない。

 それでも「部長」だから、いや、「野球が好きだから」おれは部活に出る。体操服に着替え、部室のカギを取りに職員室へ向かう。
「野球部です。部室のカギ、取りに来ましたー」

 本当はそんなこと言う必要はないんだけど、黙って入室してカギを持っていくって行為が泥棒みたいでおれは嫌だった。さっとカギを取り、出ていこうとした時。

「待て、野上!」
 突然、肩をつかまれた。恐る恐る振り返る。学年主任の先生だった。

(えっ、なんか、悪いことしたかな。ひょっとして、大会成績が振るわないから部長として何かしらの責任を取らされる、とか?)

 一瞬のうちに憶測が駆け巡る。しかし、先生の口からは予想外の言葉が飛び出す。

「ちょうどよかった。君の弟さんがここへきている。それもけがをして」
「……は?」
 意味が分からなかった。

 (弟がここにきてる? けがしてる? なんで?)

 6つ下の彰博(あきひろ)が通う小学校は、ここから何キロも離れている。何らかの事情でおれを頼ってきたとしても、どうやってここまで……?

 混乱していると、本当に彰博の姿が目に飛び込んできてハッとした。治療はしてあるが、目元や口元から出血した痕(あと)がはっきりと見て取れたからだ。

「どうしたんだよ、その顔。いったい、何があった……?!」
「…………」

 弟は口を真一文字に結んだままうつむいた。そのとき、先生の後ろから聞き覚えのある声がする。

「あ、野上君! よかったよかった」
「えーっ!?」

 驚いたことに、それは二軒隣に住む町内会長だった。会長はおれが聞くより早く、一連の流れをしゃべり始める。

「実は町内を巡回中にね、弟君が殴られてる現場を目撃しちゃったんだよ。
 白昼堂々と、最近の若者は何をしでかすかわからんね。それで慌てて止めに入ったんだが、すまない、逃げられてしまった」

「いえ、本当に助かりました。……それで、親に連絡は?」

「それなんだけど、弟君が『兄貴に一番に連絡してくれ』っていうもんでね。まぁ、野上君が立派な青年に成長したのは知ってたから、それじゃあってことで私がここまで車で連れてきたというわけなんだよ」

「ああ、それでここに……」

 両親は市外に勤めに出ている。連絡が取れたとしても、駆けつけるには一時間以上かかるだろう。K高なら車で十分ちょっと。彰博も分かっていたのかもしれない。それに……。

「野上、一応警察に連絡したほうがいいぞ。弟さん、けがをさせられたんだし、逃げた犯人が今後も無差別に暴行を繰り返す恐れすらある」

 先生が神妙な顔でそういうと、町内会長もうなずいた。

「あー、とりあえず家に帰って、落ち着いたら……。先生や、町内会長のお手を煩わせちゃいけないんで、おれが、やります……!」

 おれは慌てて言葉を告げた。彰博がおれを頼ってきた、その気持ちを台無しにしたくなかった。

 先生たちは「そこまで言うなら……」と何とか納得してくれたので助かった。学級委員をしているおかげか、先生受けはいいほうなのだ。

 「一緒に車で帰ろう」という会長の親切も丁重に断った。多分彰博がそれを望まないだろう。「兄弟二人、話したいことがあるんで」と適当なことを言い、こんな時だけ仲の良さをアピールする。けれどそれを疑うことなく「相変わらず仲いいねえ」といって会長は一人先に車で帰っていった。

「部室が空いてないからどうなってんのかと思えば、大変なことになったな」
「祐輔。悪いけどおれ、こいつ連れて帰るわ」
 いつからいたか分からないが、職員室の隅で一部始終を見ていたであろう祐輔にそう告げる。

「部活はテキトーにしといてくれればいいから」
「ああ。……って言っても、この頃はいつもテキトーだけどな。みんなにはなんて言っとこうか? ……ありのままに言わないほうがいいだろ?」

 祐輔の、さりげない優しさ。ふだんは嫌味に感じるが、今日だけはありがたかった。

「そうだな……。まっ、家の都合で帰った、とでも言っといてくれりゃあいいよ」
「了解」
「……わりぃな。なんか変わったことがあったらメールするわ」
「いいってことよ。仲間だろ?」

 勝手にライバル視してるおれが冷めた物言いをしても祐輔はいつもこんな調子で接してくれる。どんなに頑張っても適わない。おれはいつも二番。それが悔しくてたまらないのに「仲間」と言われてうれしいと感じてしまう。そんなおれが嫌いだ。

   *

 いくつか候補はあったが、川越駅から電車で帰るのが妥当という結論に至り、弟も承諾してくれた。乗ってきた自転車は明日回収すればいい。

「父さんと母さんには言わないで」
 校門を出るなり、弟はそう言った。

「やっぱり……。町内会長の申し出を断って正解だったぜ」
「兄貴は察しがいいから助かる」
 弟は安心した様子だった。

「それで、親に言えない理由って?」
 おれが問うと、弟は歩みを止めてぽつりと言う。

「……万引き」
「えっ……」

「見ちゃったんだ。帰り道にある本屋で、雑誌をカバンに入れてるところを。そしたら……」
「殴られた」
「うん……」

「だけど、それって親に言えないことか? お前は関係ないじゃん」
「僕が本屋で立ち読みしてたのがバレる」
「なんだ、そんなこと……」

 万引きの目撃者ならむしろ感謝されるはずだ。
 学校帰りに本屋に立ち寄っていたことをとがめられるとは思えない。

 ところが弟は、
「それだけじゃないんだ、兄貴……」
 と言うなり黙り込んでしまった。

 話しかけておきながら口を閉ざしてしまう癖がこいつにはある。おれは言いだすまで待った。だが、彰博はなかなか言い出さなかった。

「早く言えよ」

 あんまり黙っているのでついせかしてしまった。弟はようやく重い口を開く。

「K高の、人だった」
「えっ……」
「それも、野球部の人……だった」

 せかしたことを後悔した。開いた口が塞がらない。今度はおれが黙る番だった。

「……どうして野球部だってわかる?」
 しばらくしてからそう問いかけるのが精いっぱいだった。

「この前試合を見に行った時、メンバーの中にいた人によく似てたんだ」
「何番だったか覚えてるか?」
「……野球のことはわからないから」
「ちっ……」

 根っからのインドア派はこれだから困る。
 深くため息をつき、しばらく考え込む。

 彰博の見間違い、ってことも十分考えられる。ただ、野球には疎くても記憶力はいい。公式戦は何度も見に来てくれてるし、彰博がそういうんだから間違いないんだろう。

 自宅にはチーム全員で撮った写真がある。それを見せればおそらく「犯人」はすぐ判明するだろう。でも「犯人探し」はしたくなかった。

 たぶんこれは、おれに与えられた試練。部長としての信用を取り戻すための。

「……お前、犯人を捕まえたい?」
 おれが問うと、彰博は「ううん」と答えた。

「悪いことをしたって自覚があるなら、素直に認めて謝ってほしい。それだけ」

 ほっとしている自分がいた。もしここで、「絶対に許さない。捕まえて殴り返したい」などと言われたらおれは、どうしたらいいかわからずに気が狂っていたかもしれない。

「だな。意見が一致してよかった」
「うん。だって兄貴は野球部の部長でしょ。そんなことしたら仲間を売ることになっちゃうし」
「……友達いないくせに、そういうことはいっちょ前に言うんだな」

 6つ離れてるから、彰博のことはずっと「赤ちゃん」扱いしてきた。何かあったら守ってやらなきゃって気持ちもあった。だけど今回ばかりは、彰博の言葉におれが助けられた気がしている。

「友達はいなくても、一般常識はあるつもり」

 殴られたっていうのに、そんなことをサラッといえる弟がちょっとだけ格好よく見えた。

   *

 二人で帰宅の途に就くと、仕事を終え帰ってきていた両親にそろって出迎えられた。

「彰博?! どうしたのその顔は?!」
  
 言いながら母は目を三角にしておれを睨んだ。おれがにらまれるってことは、まだ母の耳には何の情報も入っていない証拠。つまり、町内会長からの連絡は来てないってことだ。話が来るのは時間の問題だが、今のところは言い逃れもできるか。

「転んだんだ。僕がへまをした。それだけのこと」

 彰博はおれが言い訳をする間もなくそう言った。そしておれに「話を合わせろ」とばかりに目配せをした。

「そう、学校帰りにたまたま出くわしてさ。ドジだよなぁ、ほんと。ひどいけがだったからさ、途中の薬局に立ち寄って手当てしてたら遅くなったってわけよ」

「それで一緒ってわけ?」
「そう」
「あんたたち、そんな仲だったっけ?」

母は訝しがったが、結局それ以上は追及してこなかった。


「バレたかな」
 夕食を共にしていると、彰博が小声で言った。

「バレただろうなぁ。でも、母さんだって察してくれるさ。おれがお前くらいの時、友達に殴られて顔腫らして帰ってきたけど、『転んだ』って言って通したことあったし。大丈夫、何とかなる。兄ちゃんに任せとき」

「うん。ありがと」

 頼りにされたからにはいいとこ見せなきゃ。部活ではうまくいかなくても、彰博の前ではせめて「かっこいい兄」の姿を見せたかった。


2 双子

 最近じっとしているのが難しい。何をしてもイライラするし、試合も勝てないから練習にも身が入らない。

 どうしたのかな、おれ……。

 原因はわかっている。
 けど、認めたくないって気持ちが強い。
 だからこんなにも落ち着かないんだ。

 二か月くらい前から、同居しているばあちゃんがボケ始めた。ちょっと物忘れが増えたくらいならこんなにも気にならなかっただろう。でもそうじゃないから、おれにとっては大問題なんだ。

「『ハヤト』、こっちに来てくれる? ねえ、『ハヤト』!」

 これまで間違えられたことは一度もなかったのに、よりによって双子の兄の名で呼ばれるなんて。

「おれはリヒト! 大津理人! ほら、ここ。目の端にほくろがあるだろ?」
「ああ、そうだったね。ごめんごめん」

 しかし何度正してもすぐにおれのことを「ハヤト」と呼ぶ。なんでだよ。顔が似てるからって、おれの大嫌いなハヤトと間違えるなっつーの。それが嫌で家にいる時間は次第に減っていった。
 
 嫌なことはもう一つある。
 野球部の部長が野上センパイってことだ。

 声がでかくてうるさいし、野球もうまくない。なんであの人を部長にしたのか、永江センパイの気が知れない。もっとも、その前部長は鬼みたいな人でお世辞にも「普通」とはいいがたかったけど。

 そんなわけで、今のおれには居場所がない。毎日がひどくつまらないし、それこそ、なんのために生きているのかわからないとさえ感じている。

 刺激が欲しい……。

 退屈しのぎができれば何でもよかった。野球部が大騒ぎになったのは、そう思ってすぐのことだった。

 野上センパイの顔を見たくなくて何日か部活を休んでいたが、「全員集合」と連絡が入り、しぶしぶ足を向ける。集まった人数は少なかった。

「……これだけっすか?」
「ああ。全部員が集まっても、ここにいる9人だけだ」
「はあ……」
 センパイも見放されたものですね、と言ってやりたい気持ちを抑える。

「それで、全員集めて何の会議っすか? もしかして、廃部とか?」
「そんなんじゃねえ!」

 冗談で言ったことに本気で怒られる。まったく、これだからつまらない。しかしセンパイが全く表情を変えないので、こちらも真面目に聞かざるを得なくなった。場が静まるのを待ってセンパイが一同を見まわした。

「おれのことで申し訳ないが、みんなにも関係のある話なんだ。
 疑いたくない気持ちもある。けど、だからこそ確かめたい」

「いったい何の話なんです?」

 センパイは一呼吸おいてから、

「……昨日、おれの弟が部の誰かに殴られたらしい。何かの間違いだと信じたいけど、弟を疑うつもりもない。もしこの中に手を出した人間がいるとしたら、正直に言ってほしい。もちろん、個人的に言ってくれれば構わない」

 この場にいる誰もが動揺した。

「昨日部活さぼったのって、大津と三浦と石川だったよな」

 誰かがぼそっと言った。
 名指しされたおれたちに視線が向けられる。

「お、おれ、犯人扱いされたくないんで、捜すの手伝いますよ」
 おれは真っ先に返事をした。三浦と石川も同様の返答をした。しかし野上センパイは渋い顔をする。

「捜してくれるのはありがたい。だけど、そうすることで部内の空気を悪くしたくないのが本音かな」

「なぁ、弟君をここに連れてきてさ、教えてもらえばいいんじゃね?
 顔、見てるんだろ?」

 本郷センパイがそういうと、野上センパイは大きなため息を吐いた。

「あのなぁ。そんなことしてまた弟に危害が及んだらどうする?」
「それもそうか……。路教(みちたか)は弟想いなんだな」

 その発言にオレはイラっとした。
 兄が弟を想いやる? そんなのは幻想だ。
 絶対に、ありえない……。

 新学期早々に容疑者の一人と名指しされれば誰でもうんざりする。
 張り切っているのは三年生だけで、おれを含む二年は互いを「暴行犯」のように見るからちっとも練習にならなかった。

 ……野球部にいる意味、あるのかな。

 部内の雰囲気も理由の一つだが、今のおれは自分がどうしたいのかがよくわからなくなってる。双子の兄のハヤトが苦手なスポーツでなら勝てるという理由で野球を続けてきたけれど、この頃はどうにも本気になれないのだ。

 もやもやしたまま練習を終えた。
 汗を流したというのにちっともすっきりしていない。
 そしてすぐ家にも帰りたくない。
 おれはどこへ行けばいいのか……。

 頭の中も心も、ざわざわしていた。
 おれがおれでなくなってくみたいで、ものすごく叫びたい気分だった。

 一人でぼんやりと自転車をこぐ。
 可能な限り遠回りしたつもりなのに、気づけば家の近くまで来ていた。
 何も考えていなくても体は家までの道を覚えていて、勝手におれを連れ帰ってくれる。いや、覚えているのは脳のほうか。

「あれ……?」

 意識が現実に戻ってきた矢先、見覚えのある人物が立っているように見え、自転車を止めた。

「ばあちゃん? 何してるの、こんなところで」

「ああ、ハヤト。あたしね、コーヒーを飲みに出てきたんだけどお店の場所が分からなくなっちゃって。変よね、何年も通っているのに」

「……おれ、理人」

「あら、よく見たら理人だねぇ。目の端にほくろがある」

「わかってんじゃん……」

 おれが自転車を押しはじめると、ばあちゃんがほっとした様子で話し始める。

「よかった、理人に会えて。ねぇ、『シャイン』に連れて行ってくれないかしら? 理人なら知ってるでしょう?」

「いや、そこはもう……」

 ばあちゃんが通い詰めた喫茶「シャイン」は店主が老齢で亡くなったため先月閉店し、すでに更地になっている。ばあちゃんにも何度か伝えているが、認知症のせいか記憶できないらしい。

「ばあちゃん、夜のコーヒーは寝つきが悪くなるってテレビで言ってたよ。
 だから、今日は帰ろう」

「そんなの嘘よ。あたし、コーヒーのせいで寝付けなくなったことなんてないんだから!」

「……わかった。それじゃ、家で飲ませてあげるから。そうだ、おれが淹れるよ」

「えー? 理人が? ……まぁ、そういうんならお願いするわ」

 その返事を聞いてほっとする。こう見えて、ばあちゃんのためにコーヒーを淹れるのだけは得意だったりする。ばあちゃんの足が自宅方面に向いたので、おれもそのまま自転車を押し歩き出す。

 するとばあちゃんが子供みたいに言う。

「でも、やっぱり『シャイン』のコーヒーが飲みたかったなぁ。今日はそういう気分だったんだけど、まぁ、理人のコーヒーで我慢するわ」

「……悪かったなぁ、おれのコーヒーで」

 ばあちゃんは昔からはっきり言う人だったが、少なくともおれに対してこんなふうに言ったりはしなかった。

 おれが何をしても、「理人は頑張り屋さん。おりこうさん」と言って頭をなでてくれる。そんなばあちゃんが好きだった。でも今は……。

「ただいまー。ばあちゃん連れて帰ったよ」

「えっ! 本当!?」

 家の奥からバタバタと音がして、母が玄関先に顔を出す。
 そしてばあちゃんの姿を見るなり「ほっ」と言って微笑んだ。

「今、お母さんも捜しに出そうかと思ってたところなの。理人が見つけてくれた助かったわ、ありがとう。お手柄ね!」

「たまたまだけどね」
 そう返事はしたが、ほめられて誇らしい気持ちになった。

「それで、おばあちゃん、どこにいたの?」

「『シャイン』に行こうとしてた。でも店がなくなったこと忘れちゃってたみたいで、うろうろしてた」

「そう……」

 母は複雑な表情をし、それからばあちゃんが靴を脱ぐのを手伝い始めた。
 おれはその脇をさっとすり抜け、部屋に入る。
 「同じ顔」が、リビングで何食わぬ顔をして座っていた。思わず舌打ちをする。

「なんで捜しに行かなかった? ずっと家にいたんだろう?」

「やみくもに捜しても意味がない。それにばあちゃんだって気晴らしに外出くらいするだろう?何をするにも心配してついていったら迷惑がられるのは目に見えてる」

「は? 何言ってんだよ。馬鹿か? ハヤトは」

 おれとお前の区別もつかないくらいの認知症状があるっているのに、何をのんきなことを言ってるんだよ? これだから頭でっかちは。

「ばあちゃんのこと、心配じゃないのかよ?」

「そりゃあ心配だけど、心配したところでぼくたちにはどうしようもないことはある」

「……サイアク」

 目の前にいるのは本当に実の兄なのか? 受け入れたくない。

「じゃあ聞くけど」
 今度はハヤトが問いかけてきた。

「理人は自分に何ができると思ってんの? 教えてくれよ」

「そりゃあ……。出かけるときは行き先をちゃんと確認したり、症状が改善する方法を探したり……」

「本当にできると思ってる? 高校生のお前が?」

「……できるよ。やってやる……!」

「馬鹿はそっちだろ、理人」
 おれの言葉にハヤトはそう言ってため息をついた。

「あのさ。確かにばあちゃんには世話になったし、恩返ししたい気持ちはわかるけど、してもらったのと同じだけの恩は返せないんだよ」

「何を分かったような口を」

「お前よりはわかってるつもりさ。おれはお前と逆で、勉強なら得意だからな。最近はもっぱら、哲学本ばかり読んでるんでね」

「ちっ、くだらねぇ! くだらねえんだよ!」

 カッとなって、本棚の本を手当たり次第に投げつける。
 騒ぎを聞きつけ、母が飛んでくる。

「もうやめなさい、理人!」

 止められてもなお、手が勝手に物をつかんでは放り投げてしまう。
 こうなるともう、自分でも止められないんだ……。
 その時。

「はい、これでおしまい」

 目の前で、ばあちゃんがパンッと手を叩いた。
 我に返る。

「ばあちゃん、おれ……」
 声が震えた。その手がこちらに伸びてきて思わず身を縮める。

「理人は優しい子。ばあちゃんの自慢の孫だよ」

 頭をなでられた。いつもの、温かい手だった。

 そうだよ、おれは、理人だよ。
 ちゃんとわかってるなら、どうして間違えるんだよ。
 おれとハヤトを、もう間違えないでくれ……。


3 相談事


 部室のドアが開いていた。
 中から二年生の会話が漏れ聞こえる。

「三人のうち、だれが怪しいと思う?」

「オレは三浦。いつもさぼってるし、目が合うとすぐキレるじゃん、あいつ」

「確かに。オレは大津かな。だって部長のこと嫌ってるような発言ばっかしてるだろう?」

 おれは自分のしたことを後悔し始めてる。みんなの前で互いが疑りあうよう仕向けるべきじゃなかった。あの時は弟がけがをさせられたことに意識が向いていたけれど、冷静に考えてみればこうなることは簡単に予想できたはずだ。

 何が正解かわからない。
 とにかく今は、できることを一つずつやっていくしかない。

「そうやって本人のいないところで噂話はよくないと思うぜ」

 おれは勢いよく部室に踏み込み、会話に割り込んだ。二年生は体をびくつかせ、背筋をピッと伸ばしておれに向き直った。

「すみません……。でも、部長は犯人を捜したいんですよね? オレたちはその話をしてただけですよ」

「捜してくれとは言ってない。犯人がいるなら申し出てくれ、って言ったんだ、おれは」

「部長は本当に、犯人が名乗り出ると思ってるんですか?」

「えっ」
 思いがけない問いに戸惑う。

「今のオレたちにはもう、かつてのきずなが感じられません。さぼるやつがいるから練習もまともにできないし、このままじゃ試合にも出場できない。だったらオレ、部活辞めます」

「うっ……」

 彼の言うことはまっとうだった。
 返す言葉もない。
 完全に自信を失った、その時だ。

「おいおい、部長いじめて楽しいか?」

 祐輔だった。後輩たちの顔色がさっと変わったのが分かった。

「副部長……。いじめって、そんなつもりは全然……」

「もしさ、自分の家族がけがさせられたらどんな気持ち? 頭のいいみんななら分かるだろう?」

「…………」

 今度は後輩たちが言葉を失った。

「さあ、ぐちぐち言ってねぇで、校庭三周と素振り100回。おしゃべりの続きは、それでもまだ疲れてなかったらにしてくれよ!」

 軽い口調の祐輔に促され、後輩たちは行動に移る。
 部室にはおれと祐輔が残された。

「……礼は言わないからな」

「べっつにー。おれはただ、後輩たちのしてることが気に入らなかっただけだ。……まぁ、路教と一緒だよ。部員たちが互いを疑ってるこの状況は早く終わらせたい」

「祐輔……」

「それで、だ。真面目な話、これからどうする? このままじゃ、ほんとに部が成り立たなくなるぜ? 野球部がなくなったら、おれ、まじで困る。路教だってそうだろ?」

「そう……だな」

 野球を始めてから今日までやってこれたのは、純粋に野球が好きだから。それは祐輔も同じはずだし、今残ってる部員もきっとそうだろう。もしおれの一言がきっかけで廃部になったら、後悔してもしきれない。なんとかしないと。

「……こんな時、永江先輩ならどうするかな」

 おれの頭じゃ、こんな時どう行動したらいいか、いい考えなんて浮かばない。でも、あの人だったら……?

「永江先輩ねぇ」
 祐輔は少し考えていたようだが、やがてため息を吐いた。
「……直接相談するのが一番早くね?」

 その答えに思わず吹き出す。
 おれも全く同じことを考えていたからだ。


   *

「すまないね、サボらせてしまって」

「いえ、忙しいのに時間作ってもらえただけでもありがたいです」

 事情を話すと、永江先輩はすぐに会う段取りをしてくれた。学校脇の土手沿いにある広場のような公園。先輩はそこで会おうと提案してくれた。おれは退屈な数学の授業を抜け出し、先輩に会いに来ている。
 
「概要は昨日のメールで理解したよ。相当苦労しているようだね。……君ならもう少しうまくやってくれると期待していたんだけど?」

 相変わらずの物言いに傷つく。
「意地悪だなぁ、先輩は」

「本当にそう思っていたんだから仕方がない。君には能力がある。それは間違いない。なのになぜチームメイトの心が離れてしまうのか。僕なりに考えてみたんだ」

「はい……」
 何を言われるだろう。思わず身構える。

「君は、僕の真似をしようとしている。そうじゃないかな? だからうまくいかない」

「えっ、だって先輩……」
 おれが反論するより先に、先輩が言葉を継ぐ。

「君は君であって僕ではない。そして僕にはなれない。絶対に」

「でもおれ……。先輩みたいな部長になりたいんです。甲子園に引っ張っていけるような、憧れられるようなキャプテンになりたいんです」

「強情だね、君は。その強情さをもっと発揮すればいいと僕は思っているんだけどな」

「えっ……?」

 戸惑いを隠せない。
 先輩は続ける。

「強情になる方向が違うんだよ、野上クン。僕が買った君の能力は、自分の決めたことを貫く力だ。……君は君のままでいい。君らしさに、みんなはきっとついていく。だから何も深く考え込むことはないんだよ、最初から」

「……そう、なんですか? おれ、自信なくて」

「君の努力はみんなもわかってる。それを見せつけてやればいい」

「でも、どうやって……? それがわかんないです」

 おれが何度もごねていると、先輩はおもむろにスマホを取り出し誰かに電話をし始めた。

「……もしもし、永江だけど。今すぐ学校脇の公園に来てくれるかな。野上クンを元気づけてやってほしいんだ。……そう、今、すぐ」

「……あの、いったい誰に……?」

「本郷クン」

「ちょっ……! やめてください! 祐輔を呼び出すのは……!」

 慌てて先輩のスマホを奪おうと試みる。先輩は笑いをこらえながら、真っ暗なスマホ画面をこちらに向けた。思わず目が点になる。

「今、どんな気持ちになった? それが、今の君の本当の気持ちだと僕は思う」

「おれの……本当の気持ち……。それに気づかせるためにわざと芝居を……?」

「初めてやったけど、うまくいったみたいだね」

 先輩はにやりと笑った。
 それを見ておれも笑ってしまう。

 今おれは、本気でやめてくれ、と思ったんだ。ライバルである祐輔には弱みを見せたくない。いや、祐輔の力を借りてこの問題を解決したくなかったのだ。そんなことをすれば、今度こそおれは祐輔を越えられなくなってしまう。

 おれは先輩のように、一致団結してチーム力を上げようとしていた。でも、そのやり方にずっと違和感を抱いてもいた。だからうまくいかなかったし、だれもついては来なかったのだ。

 そしてついには仲間の気持ちをもばらばらにさせ、弟に傷まで負わせてしまった。 先輩はおれの心を読んでいたかのように言う。

「君は強情だ。そして、負けず嫌いだ。ならどうしてその強みを生かそうとしない?」

「強み……」

「ライバル心をあおってチーム力を高める。それも立派な戦略じゃないのかな? 君がそうであるように、ライバルの存在は己の能力を高めるのに有効だ。何より君がそれを証明しているのだから、説得力もある」

「……おれ、強くなってるんでしょうか」

「それについては、ライバルに聞いてみるといい。もっとも、簡単に追い抜かれてしまうような相手なら、君だってライバルとは思わないだろうさ」

「あっ……」

 おれが追うから祐輔は強くなっていくんだと気づく。差が縮まることはあっても、向こうだっておれに追いつかれまいと力をつけていく。

 それもそうか。あいつは一度、おれに春山とエースの座を奪われかけたことがあるもんな。

 それに「今の力のままで十分」などと胡坐をかいていては、春山の気持ちが離れていくことくらいあいつは知っている。

 先輩がおれの肩に手を乗せた。
 ずしっと、重みを感じる。

「部長って役職は、嫌われる覚悟も必要だと僕は思う。知ってるだろう? 僕はずっと水沢に『鬼部長』と呼ばれてきたし、みんなからも冷血な人間だと思われていた。こんな人間についてくる仲間などいるだろうかと自問すらしていた。なのにみんな、最後には僕を慕ってくれた。力を貸してくれた。なぜだと思う?」

「それは先輩がいつもおれらを見ていてくれたからです。アドバイスもくれたし、甲子園に行こうって引っ張ってくれたからついていこうと思えたんです」

「違う。僕が僕のやり方を貫いたからだ。わかるかな。僕は誰の真似もしなかった。それが結果的に『甲子園出場』につながったんだと僕は思ってる」

「そっか……。そういうことか」

 ようやく、先輩の言いたいことが分かった気がした。格好いい先輩のようになりたいって思ってたけど、そうか。おれは最初から「おれ」のままでよかったんだ。
 
「……はは、今更過ぎますよね。弟が傷つけられてようやくやり方を変えようっていうんだから」

 おれの自虐的な言葉に先輩は首を振る。

「いいや。誰だって最初からいいリーダーになれるわけじゃない。苦しみもがきながら、それにふさわしい人間になっていく。僕は君ならその苦労を乗り越え、成長できると信じたからこそ部長に任命したんだよ」

「部長……」

「はは……。今の部長は君だろう? でもね、今回みたいに考えに行き詰まったら、いつでも相談してほしい。僕はK高野球部が本当に好きだし、必要とされれば喜んで力になるつもりでいるから」

「……ありがとうございます」

 永江先輩も、部長としてどうあるべきか苦しみ、自分なりの答えを見つけたんだ。だからこそ、一言一言に重みがあった。
 先輩に相談してよかった。

「おれ、自分のやり方でやってみます。でも、ひとつだけ、まねさせてください」

「何かな?」

「おれも『鬼部長』になります。いや、少なくとも部ではその仮面をかぶります。でないとこの先、みんなを引っ張っていけない気がするんです」

「……君のしたいようにすればいい。ただし、条件がある」

「条件?」

「君に助言できる人間を一人見つけておくこと。僕に水沢がいたように」

 水沢先輩は元副部長であり、永江先輩の中学時代からの友人だ。

 話を聞いて、おれの脳裏に祐輔の顔が浮かんでは消えた。
 ライバルだけど、おれにとって、なくてはならない存在。
 あいつなら相方になってくれるだろうか。
 先輩は続ける。

「できればはっきり意見を言える相手がいい。君みたいな性格の人間には、そのほうが相性がいいだろうと思うよ」

「わかりました。探してみます」

 今日はありがとうございました。
 おれはそう言って腕時計に目をやった。
 今戻れば数学の授業に間に合うかもしれない。

 しかし先輩は「もう少しだけ付き合ってくれないか」と言って、持ってきていたボストンバッグからグローブを取り出し、おれによこした。

「一球だけ、いいかな? 時間は取らせないから」

「先輩……」
 
 キャッチャーミットを構えたその姿は、部長時代の永江先輩を思い出させた。

 正直、自信がなかった。
 先輩の期待に応えられるような投球をする自信が。
 それでも先輩は「どこにでも投げてこい」と両腕を広げた。

 ……たった一球じゃないか。
 もう、どうにでもなれ……!

 おれは深呼吸をし、振りかぶって力いっぱいミットめがけて投げた。
 球は先輩が構えたところにおさまった。

 捕球したあと、先輩は少しの間動かなかった。
 
「ど、どうでしょうか……」
 不安になって声を発する。
 先輩はゆっくりと立ち上がっておれのほうへ歩み寄ると、さっきと同じように肩に手を置いた。

「自分の力を信じろ。君が自信を取り戻せば、仲間は必ずついてくる。大丈夫、君ならできる」

 力強い言葉。
 迷いや不安がすっと消えていく感じがした。

「ありがとうございます。先輩、また会いましょう。今度はちゃんと、キャッチボールがしたいです」

「僕のほうこそ、また会えるのを楽しみにしているよ」 

 学校からチャイムの音が聞こえた。
 おれは別れの挨拶もそこそこに、急いで校舎に駆け戻った。

 三階の教室に向かうため、階段を二段飛ばしで駆け上がる。すると不運にも、数学教師かつ学年主任かつ担任の住吉先生と鉢合わせてしまった。

「おう、野上! 話は済んだのか?」

 話って……。おれが外で永江先輩と会っていたことがバレてる……? そういうことならいっそのこと、先に謝っておいたほうがよさそうだ。

「あー、はい、済みました。あのー……。サボってすんません……」

「ふーむ。まぁ、だれと会っていたかは知らないけれど、弟さんのことで悩みを抱えているんだろうし、今回だけは大目に見るよ。ノートは本郷にでも写させてもらえばいい」

「はい、そうします……」

「野上」

 先生は階段の踊り場の隅におれを追いやった。怖い形相の先生を見て、もしかしたらペナルティーの一つや二つ、課されるかもしれないと身構える。

「人生ってのは、授業を受けているだけでは学べないことばかりだ。だからな、野上が『今したい』と思ったその気持ちは大事にするべきだと先生は思うんだ」

「へっ……?」

 予想外の言葉に拍子抜けしてしまった。
 ぽかんと口を開けたおれに、先生は続けて言う。

「しないで後悔するより、して後悔すること。しないっていうのは行動しないってことだからな。やっぱりよくない。たとえ後悔するとしても『しよう』と一歩踏み出した、そのことを先生は評価したいわけだ。言いたいことが分かるかな?」

「しないで後悔するより、して後悔しろ、ですか……」

「無論、授業をさぼっていいという話ではないが、仮にも野上は野球部のキャプテンだし、うじうじ悩んでいるよりは、とにかく行動してみるほうがいい影響を与えられる。そんな気がしているんだ」

「先生、いいこと言うなぁ。おれ、今、感動してます」

 冗談抜きで、そう思った。
 先生は笑っている。

「そうだろう? ま、そういうわけで、今日の授業の内容はテストに出すから、しっかり勉強しておくように!」

「ちょっ! どういうわけっすか?!」

 混乱していると始業のチャイムが鳴った。
 今日はすっごく慌ただしい。

「おい、路教。次の授業、体育だぞ! 早く着替えて校庭集合な!」

 階段ですれ違いざま、祐輔に声を掛けられる。
 そういえばあいつ、体育委員だったっけ。

 考えて立ち止まる暇もなく、おれは急いで教室に引き返す。
 住吉先生が今度は大声で笑った。


4 陰謀

 認知症の治療法はない。
 できるのは認知機能の低下を遅らせるだけ。

 付き添いで病院に行った際、医師からそう聞いた時にはショックを受けた。処方された薬を飲んでも治るわけではなく、効果も人それぞれだというから、のむ意味、あるんだろうかとさえ思った。

 ――お前に何ができる?

 ハヤトが言ったことは正論だった。
 だからこそ嫌になる。
 情のかけらもないように感じられるからだ。

 おれにできることはほとんどないかもしれない。
 だけどもし、おれがデカいことをすれば……。
 例えば甲子園で、今度こそホームランを打ったりすれば、脳が刺激されて記憶力も回復するんじゃないか……。そんな夢想をするのだ。

 今はひどいありさまだけど、K高野球部は昨年、甲子園出場を果たしている。永江部長時代もそうだったように、直前でもしっかり練習に打ち込めばいい成績を残すことも難しくないと思っている。

 そう。
 要は部長の采配次第ってこと。

 ただ、今の野上センパイじゃ、到底無理。
 本郷センパイも春山センパイも熱血系じゃないからダメ。

 ならおれが、ひとこと言ってやるしかない。
 入部当初から野上センパイを嫌ってるおれしか、きっと言えない。

 意を決し、今日は部に顔を出すと連絡するためスマホを取り出す。すると部内メールが一件届いていた。いや、よく見ると、おれ個人あてになっている。嫌な予感を抱きながら開封する。

『ツルヤ書房にて待つ』

 差出人は三浦(おれと同じく「犯人扱い」されている人間の一人)だった。

 ツルヤ書房というのは、自宅から自転車で10分程のところにある昔ながらの本屋の名前だ。レジが店の奥にあるうえ、監視カメラもないから店先の本は読み放題。そのせいか、小さい本屋なのに割と有名だったりする。おれも小学生の頃はわざわざそこへ行き、新刊の漫画本を立ち読みしていたほどだ。

 そこにおれを呼び出して一体どうするつもりなんだ……?

 野上センパイが部長になってからというもの、三浦は部活をサボりがちだ。まぁ、それはおれと一緒なんだけど、あいつの場合学校に来ていない日もあるらしい。

 最近、あいつの様子はおかしい。おれと目が合うと、にやりと笑うんだ。ヤバイって思ってる。

 なにかある……。

 そう思うからこそ、三浦の誘いに乗ってみるのはありかもしれない。おれの方も鬱憤が溜まっている。何かあればその時はひと暴れしてやればいい。

 野上センパイに物申すのは一日伸ばすことにして、おれはツルヤ書房に足を向けた。

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