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映画業界 ハラスメント体験記【奴隷日記#11】

※今回の記事では、差別用語が複数出てきます。ありのままの事実を伝えるためのものです。差別を助長させるためのものではありません。読んで不快になる方も、存在するかと存じますが、ご承知の上でお読みくださいますと幸いです。

無人の居酒屋、明日が終われば撮影休日

前回の1000円事件から一夜明け、J太郎が金を払った日の夜の事。

本作品の現場では、新型コロナウイルス対策として、全スタッフ・キャストに外食禁止令が出され、現場でのマスク着用や、手洗い消毒の徹底管理が為され、現場に入る人間には体温測定まで設けられてきた折のことである。

そんな状況でもアキさんは、「飲みたい」と居酒屋を提案した。我々に断る術はない。キャストの宿泊場所からほど近い、いつもの山ちゃんをスルーし、スタッフが来ないであろう辺鄙な居酒屋に繰り出した。

時刻は21:00頃だったと思う。この日も現場の疲れでヘトヘトのJ太郎は、酒よりもまず寝たいと口にしていた。居酒屋には誰一人客はいなかった。コロナの影響と、当時始まった屋内全面禁煙化の波を受けていたのだろう。店主やバイトのお姉さんも、もう店じまいだと話していたのか、我々の来訪に戸惑いながら、炭に火を入れ始めていた。店内には、テレビが流れており、ボーッとそれを見ながら、生ビールで乾杯する。

アキさん「お疲れ様。明日終わったら、撮休やな」

私「愛知来て初めての休日ですね」

アキさん「休日とは名ばかりの、やけどな」

私「やっぱり朝から動きまわりますか」

アキさん「冗談や」

と、不穏な空気を笑い流し、撮影休日の動きを話し始める。

アキさん「とりあえず一日、みんなで大阪帰ろうや」

私「大丈夫なんですか」

アキさん「やることはあるけど、とりあえず1日くらい休もうや。もうへとへとや」

私は1日の休日のために、愛知から大阪に戻り、その日中に大阪から愛知に戻るという未来に、一抹の苛立ちを感じたが、家でゆっくり休めるならと、嬉しくもあった。

 

J太郎、ノーギャラ宣言

話は、今朝の1000円の話になる。

アキさん「J太郎、お前は1000円を、時給1時間分って言うたな」

J太郎「はい」

アキさん「捨てられそうになって、苦しかったか?」

J太郎「はい」

アキさん「お前は甘すぎや。俺らの仕事(映画)ってのは、時給換算したらゴミみたいなもんや。そんなもん考えてるやつは、映画なんかすんな」

J太郎「わかってます。時給で換算したら、俺今回数十円ですし」

このJ太郎の計算は愛知出発の際の、アキさんから提示された”インパクト代”から来ている。J太郎のギャラは、この工具を買ってもらうというものだった。実際には2万円ほどのものなので、今回の拘束期間で時給換算すると、時給27円である。かくいう私も、当初は3日で5万円という約束だったが、結局バラシまでの拘束を余儀なくされたので、時給70円である。改めて計算すると、それは酷いものでしかないのだが、ノーギャラのナガサワさんを考えると、なんとも言えなかった。まして、我々は学生の身で商業に頭からケツまで入らせてもらえる機会だったので、金額は些末な問題だった。

アキさん「は?お前、ギャラ貰えると思ってんのか?」

J太郎「え、アキさん言ってたじゃないですか」

アキさん「お前はアホか。この現場見て、そんな金あると思うなよ。ええか、金を貰うってのは、責任が生じるんや。たった一円でも受け取ったら、その責任を負わなあかん。お前にその覚悟はあるんか。お前はその責任負える力量があるんか」

J太郎「いや、まあ」

アキさん「責任も何もない奴が、金受け取ってみろ。他部署のスタッフが、怒鳴り込んでくるぞ。なんで学生に金払うんやって」

J太郎「?」

アキさん「だから、俺はお前らのために金払わん。これは優しさや。一銭も払わんかわりに、ええ経験させてやってるやろ」

彼の論理では、権利の前に責任があるらしい。ギャラの代わりに経験があるらしい。「話と違う」と首を傾げるJ太郎。不穏な空気。


酷さを増す言葉の暴力

アキさん「なんや納得いかんのか。じゃあ、お前責任負えんのか。全部美術やって、現場でも動いて、全部一人でできんねやろな」

J太郎「それは、俺の仕事ですか?」

アキさん「責任ってのはそういうことやろ。一人で全部できん奴は、人の手借りやなあかん。そんなやつに金払う馬鹿どこにおるんや。お前は甘い。バイトとはちゃうんやぞ。これは仕事や。考えが甘すぎる」

J太郎は、顔を真っ赤にして、私の方を見た。「何言ってんのコイツ」という目だった。私はこの瞬間、別れを決意した。

アキさん「愛知来て、どんだけの金使った?何回飯食わせた?何回酒飲ませた?今日の酒もタダじゃ無いんやぞ」

J太郎「それは・・・ギャラと関係あるんですか?」

アキさん「アホみたいに食って、アホみたいに飲んで。それでええやないか。それにプラス、お前は金をもらおうとすんのか?卑怯なやつやのぉ。なんもできんくせに、金だけは一丁前に貰おうとするんやな」

何度も言うが、私たちにとって金の問題は些末なことだった。事実、「ノーギャラやけどええか?飯は払うから」と事前に言われていれば、何も問題はなかった。金を払うと言って払わない、そこに引っかかっているのである。J太郎は、もう諦めたのか、返事もせずに焼き鳥を食らった。そこで話は終わったかのように思えたが、アキさんは治らなかった。

アキさん「食い方も、下品やし。何回しつけしても治らんなぁお前は。親呼んでこい、殺したるから。お前の彼女も、お前のそのしつけられてなさに引いてるぞ?あ、でもあいつも売女の末裔やから大丈夫か。二人揃って仲良しこよし。このクソガイジが!」

と罵り始める。J太郎の彼女の出身地は、アキさん調べではヤリマンが多いらしい。だから売女の末裔らしい。親を殺す、恋人を貶す、こういう発言には映画どころか人間としての品性の下劣さを感じる。ここだけは、J太郎も良しとはしなかった。涙目のJ太郎は、悲しさより怒りが勝っていただろう。

J太郎「それはやめてください。関係ないじゃないですか」

アキさん「なんやこら、あ?嫌やったら一人前の美術になれや」

J太郎「・・・・」

アキさん「お前なんかどこの美術会社が求めるんや。俺の下でも絶対やらせんからな。こんなクソガイジ、今まで見たことないわ」

と更に罵る。アキさん視点のJ太郎は、何もできない人間のようだが、J太郎は今回の現場の一部を一人で対応したり、現場付きのオシオさんともうまくやっていた。事実、オシオさんはアキさんの言動を不可解に感じ、「J太郎君、普通にちゃんとやってるのにね。何が不満なんやろ?」と話していた。私の視点からも、”ガイジ”だとは思わなかったし、むしろ平凡なミスを連発し、その度に車を走らされた私からすると、アキさんの方がよっぽど。

アキさん「言い返してみろや。ゴミにたかる猫みたいな顔しやがって。ほら、これも食えや」

とアキさんが落した”もろきゅう”を指さした。更に続く。

アキさん「お前は美術するな。お前みたいなガイジ、世間に出たら、俺の恥や。反抗的な態度取りやがって。悔しかったら訴えろや、お前の映画人生、全力で潰しにかかったるからな。お前は、売女のハメ撮りでも売り捌いて生活したらええんや」

何度もいうが、これはリアルだ。現実だ。私はこの人間が、映画を今尚やってる事実に驚くし、大学で教鞭を取っている事実にも驚く。彼の関わる映画には「障がい者」や「市井の社会的弱者」が多く据えられている事実にも辟易している。告発する気はないが、これが、『37セカンズ』を作った美術の言うセリフだろうか。

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人間性とその仕事を一緒に扱ってはいけないのだが、それでもこれを書いたのは、その映画での主人公(本当の障がい者の俳優をキャスティングしている)とJ太郎を重ねる発言があったからである。

アキさん「あの映画のガイジと一緒や。一人では何もできん、生きてるだけで邪魔な人間や。死んだほうがマシや。ちょっと優しくしたらアキさんアキさんって猫みたいに近づいてくんのも同じや。気持ち悪いんじゃ」

我慢の限界にきた私は、飲んでいた酒を机にボンっと置き、店主を大きめの声で呼んだ。話は途切れたかのように思った。

 

「お前らはタダで動く奴隷やから」

話はそれでも終わらなかった。私の態度に気づいたアキさんは、以降私の方を見ながら話してきた。

アキさん「お前らは奴隷よ。俺のために動いて、俺がやりやすいように考えて、この飯も酒も、全部俺のためにあるんや」

私「はい」

アキさん「お前らはタダで動く奴隷やから。タダで動けるだけが取り柄の人間や。そんなお前らが、ギャラどうこうなんか鼻で笑ったるわ。一円の価値もない人間に、金なんか払うわけないやろ。いややったら映画なんか目指すな」

遂に、件の発言が飛び出る。それまでJ太郎にのみ話したギャラの話が、私の方にまで飛んできた。「やっぱり俺にも払わないよね〜」と、軽く流した。

私「そうなんですね。金貰える人間になれるように頑張ります」

アキさん「ドウ悪かったな。酒が不味くなったな」

聞き分けの良い人間を演じた。アキさんは、私がすぐ理解してくれたと感じ、話が終わる。ようやく、この長い長い居酒屋を後にすることができた

結局3時間続いた説教のなかで、私とJ太郎が飲んだのはビールとサワーの二杯のみ。ろくに飯も食わなかった。宿坊へ向かう道中、私は大阪へ帰る、つまりこの作品を飛ぶ決意をしていた。J太郎も無言だったが、何を考えていたのだろうか。今となってはよく覚えていないかもしれないが。

「明日6:00な」と宿坊についたのは2:30のこと。こんな日々が2週間と少し続いていたことも、この夜改めて実感した。ましてその間に、酒を飲まされ、朝夜問わず怒られ、風呂や洗濯ができない日も多く、夜のうちに大阪愛知を往復させられることもあった。映画の世界が仮にこうなんだとしたら、それは第二、第三と、無数のアキさんが業界を牛耳っていることになる。改めて、今回の作品の日々を思い返し、我々に落ち度はないと再認識し、「正義は我にあり」と日記に記した。この日の段階ではJ太郎は、「せめてクランクアップまではきっちり関わろう」と考えていたことを後になって、聞いている。


次回予告

次回、ついに私とJ太郎が、アキさんの元を離れるまでの経緯とその瞬間を詳しく描きます。次回で、奴隷日記の物語は完結しますが、その後にまとめと振り返りをして、この奴隷日記を終わらせます。

長々とこれまで読んでくださっている皆様、また、全身のブログから読んでくださってる皆様、今一度、この映画業界のハラスメント事情に関して、そして、これが高等教育で教鞭を執る人間であることを、ぜひ知ってほしいと思います。


それでは、次回乞うご期待。

  

 

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