『コット、はじまりの夏』でテーブルの上に置かれたもの

1980年代、アイルランドの田舎町。9歳のコットは父母と3人の姉と一緒にして暮らしている。稼業は酪農らしいがうまく行っているようには見えない。特に父親は子供たちに興味を示さず、ギャンブルと酒のために出掛けてばかりいる。

そんな中、母親はコットの弟か妹を身ごもる。出産を控えた母親は、末娘のコットを従兄弟夫婦の家に預けることを決める。

さりげなく描かれるコットの実家での暮らしは、育児放棄の一歩手前で、預けられたおばさんの家での暮らしは、コットにとって生まれて初めて自分と向き合う時間になるのだった。お風呂に入って、自分を綺麗にする。食事をとって、体調を気遣う。美味しい水を飲んで、大地の恵みを知る。そんな愛おしい時間の中で、ほとんど話さなかったコットが少しずつ言葉を手に入れていく。

初めておばさんの家に着いた日に、おばさんが数を数えながらコットの髪をすいてやる。その時のコットの最初緊張していた表情が次第に弛んでいく様がとてもいい。

田舎町に住む人々の不器用さ、意地悪さ、そして愛おしさが、コットの周りを舞い、コットの体を少しずつ温めていく。9歳の少女のとても短い期間の間でも成長を繊細に見つめたとても良い映画だった。

おじさんにあたるショーンもなかなかに無口なのだが、このショーンとコットの交流がいい。不器用なショーンはコットに正面から話しかけられないでいる。きっかけがつかめないショーンはクリームを挟んだビスケットのようなお菓子をテーブルの上に置いてゆく。コットはそれに気づくと、そのお菓子を手に取り頬張る。

その描写のさりげなさが子ども時代のミニマムな狭い視界を思い起こさせて、切なくなる。

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