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ひとりきりなのよ

2017年の年の瀬。海のそばに生きたい、と口に出した。今まさに暮らす、海のない埼玉に背を向けて、遠い遠い福岡を目指した。

2019年2月。わたしは今、願った以上に海のそばで暮らしている。

夜。最寄りの駅から家に帰るときには、砂浜に並んで歩く道を選ぶ。

海は、でっかいプールみたいで好ましい。たぷたぷに満たされたガラスの水槽に心が癒されるように、海の前のわたしは心やすらかにリズム良く歩くことができる。

反面、夜の海は恐ろしい。たやすく人を呑み込む黒い液体で眼前が満たされる。月の光を異様に反射して、ぎらぎらと輝く海水。

前後に続く砂浜で、波の音は前からやって来ては通り過ぎた。救急車のサイレンのように、すれ違ったあともその余韻で心臓をざわつかせる。夜なら、なおさら。

夜の海を歩けば、安心と恐怖でちぐはぐになる自分に出会える。ここには、わたしひとりきりだ。

ああ、怖い。ああ、美しい。交互に、というより同時に湧いて出る気持ちに、少し忙しくなりながら海を右手に歩いた。

雲がないから星が見えるかなと、立ち止まって頭を空に向ける。

まず一番に見つけられるはずのオリオン座が見えない。

あまたの星で、どれがオリオン座か一瞬わからなかった。やっと見つけたオリオン座への違和感。

埼玉で見たオリオン座の三つ星には、冬の空にぽつんと並んで、強くあろうとする命を勝手に感じていた。自宅近くの大きな駐車場をつっきっていると、空はそこだけ広く、一台も車のない駐車場でわたしはひとりだった。

ここで見る三つ星の、なんと楽しげな。ばらばらで、決して並んでいるようには見えない星々のひとつひとつが空を楽しんでいる。

ざざん、と波の音が前から迫ってきた。たったひとりのわたしを無視して、進むべき方を知る波が音を立てて進んでいく。

耳をそばだてて、波があちらに行き切るのを待ってみたら、そんなのお構いなしにまた前の方からざざんと波がやって来た。

そんなにわたしを無視しないでくれよ。

わざと大きく吐いた息が、ぼわっと白く広がって砂浜に散った。

今夜もわたしはひとりきりだ。


#海 #エッセイ #写真 #コラム


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