櫻井翔と母と私

 82歳になる母は、櫻井翔が好きだ。「あれ、翔くんが出てる!」などと明るい声を出しながら笑顔でテレビの前に寄っていく母を見て、当初は自分の目と耳を疑った。あの母が、アイドルを好きになり、それを平気で口にするなんて。

 とにかく真面目で慎ましやかな母だった。父は田舎では、そこそこの給料をもらう仕事をしていたらしいが、専業主婦で家計をきりもりする母は、周りの人たちにうらやましいと思われるようなことがあってはいけない、という価値観の持ち主だった。家こそ狭いながらも一軒家だが、田舎では必要不可欠の自家用車も、辛うじて家族4人がぎゅうぎゅう詰めで乗られる普通車。旅行もしない。外食もほとんどしない。他人の目を気にして、とにかく贅沢は敵だ。
 子どもの頃、いつも違う上着を着て、かわいらしい靴をはいている友達がうらやましくて仕方なかった。私は毎日最低限にこざっぱりとした、機能性重視の格好。とにかく欲しいものがたくさんあった。かわいいキャラクターの絵が描かれた文房具。自分の部屋に置くガラスのテーブル。流行り始めたゲーム機等々。母から見たら必要のないものが欲しくて仕方ない。そんな子ども時代だった。
 
 小中学校、高校と勉強はよくした。大学に合格すれば家を出られると思ったから。この田舎の町とこの家で、自分にも他人にも厳しい母と共に一生を終えるなんて考えられない。負のモチベーションはものすごいパワーを発揮させ、見事に家を出ることに成功した。

 あれから30年。Kis-My-Ft2が大好きな孫の高校生が、「ばあちゃん、翔くん紅白にいっぱい出てるよ。」と家族のグループLINEで声をかけると、ばあちゃんである母が、「見てるよ!ご機嫌!」などと返している。ありえない。物理的にも心の面でも、家族だけでなく、母自身に自由のなかったあの頃とは大違い。
 改めて、キラキラとした笑顔で、そつなく司会をこなしたり、バラエティーで少し抜けた可愛らしい面を見せたりする翔くんを見る。この清潔で知性的な言動は、母の心を自由にした。ものすごい威力だと感心、驚嘆。
そしてマジでっかい感謝。

 母といまいち気が合わずにここまで来た娘の私は、「ARASHI Anniversary Tour 5×20 FILM Record of Memories」の櫻井翔の素晴らしさを見せてやりたいとずっと思っているけれど、Blu-rayディスクは実家にはないかもな、とか、わざわざライブは見ないか、とか色々自分にどうでもいい言い訳をして、プレゼントできずにいる。とずっと心に引っ掛かっているのに。
 なんとか今年は、自分の中の色々なわだかまりを一度リセットして、翔くんに「調子はどうだ?」と言ってもらい、寿命をもう少し延ばしてもらおう。そして嵐のステキについて、親子で語り合うとしよう。

 

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