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韓国文学読書記録【9】20240212-0218

2月は逃げる。『数学者の朝』と『遠きにありて、ウルは遅れるだろう』を読みました。

2月12日

✅13pages
📖 Mathematician's Morning by Kim So Yeon
『数学者の朝』/キム・ソヨン著、姜信子/訳(クオン)
📄P11-68
少し前に参加した韓国の詩の朗読会で「ワンルーム」という詩の朗読を聴いたらめちゃくちゃよかった。

〈ちょっとのあいだ 死ぬことにするわね 三角形みたいに〉ではじまる表題作「数学者の朝」「反対語」も好き。

わたしを大人というとき
わたしを女だというとき
反対語がシーソーのように向こう側で跳ねあがろうとするのを
ぐっと押さえなければいけない

わたしを詩人というとき
わたしのどんな反対語も無用になる

「反対語」

D-485
https://x.com/ishiichiko/status/1757635518626718103?s=20

数学者の朝

2月13日

✅13pages
📖 Mathematician's Morning by Kim So Yeon
『数学者の朝』/キム・ソヨン著、姜信子/訳(クオン)
📄P71-173
詩集の続き。「ほこりの見える朝」「内面の内情」「ふとんの不眠症」が好きだった。再読したら変わるかもしれない。

 葉書を書いています あなたに書くつもりが 私に

 ずいぶんまえに暮らしていた住所をまず書きました 葉書の大きくはないスペースに猫が来てすわりました 猫がどくまで鉛筆を置いて 猫がどくまで鉛筆が自分の影を抱きしめて横たわっているのを眺めて そして鉛筆と鉛筆との影を抱きしめて横たわっているのを眺めて そして鉛筆と鉛筆の影との間を這ってゆく蟻をじっと見つめていました

「内面の内情」

そのあとも何ひとつ「つもり」の通りにはならないところが面白い。

D-484
https://x.com/ishiichiko/status/1757650656264142850?s=20

数学者の朝

2月14日

✅13pages
📖 Far Away Uru Will Be Late by Bae Suah
『遠きにありて、ウルは遅れるだろう』/ペ・スア著、斎藤真理子/訳(白水社)
📄P7-68
わたしに読めるのかな? という不安をおぼえつつ読み始める。

三部構成の[Ⅰ]は〈独白は混乱とともに終わった。〉という書き出し。語り手の「私」は午前4時にベッドで目を覚ましたとき〈私の存在を規定している記憶がすべて消えていること〉を知った。場所はレストランを兼ねた旅館の一室。同行者の「彼」が椅子に座って本を読んでいた。

記憶は消えているが「彼」が同行者であることはわかるらしい。「彼」も自分の存在を規定する記憶をすべて失っていた。ふたりは部屋を出て、巫女に会いに行く。

巫女の造形がけっこう強烈。ごちそうをふるまわれるくだりは楽しい。この本を読みながら寝落ちしたらヘンテコな夢を見そう。

D-483
https://x.com/ishiichiko/status/1757781238822416702?s=20

遠きにありて、ウルは遅れるだろう

2月15日

✅13pages
📖 Far Away Uru Will Be Late by Bae Suah
『遠きにありて、ウルは遅れるだろう』/ペ・スア著、斎藤真理子/訳(白水社)
📄P69-111
[Ⅱ]を途中まで。ものすごく面白い。踊る女、コヨーテの檻で死んだ男、結婚式を偽装して集まった知られざる陰謀家集団。

女はノートに文を書き、料理をつくる。[Ⅰ]の巫女も料理していたアンズタケが気になる。

独特のリズムがある文章で、声に出して読みたくなる。読んでみた。たとえば、女が踊る場面。

女は自分を、たった今霊魂が宿った瞬間のミルク色の蝋燭のように感じる。小さな、しかし生きている炎がそこに立ち上り、肉体は優しく終末を志向し、蠟燭はそのようにして熱い蠟の涙を流す。肉体はバレリーナのようにめりはりのある軽さを帯び、腕は感情を訴えるように前へぐっと差し出されては激情的に胸をかき抱き、向きを変えるたびにあごと首を優雅に上げ、片腕を宙に浮かせたままで身体をぐるりと回転させる。

遠きにありて、ウルは遅れるだろう

この小説は朗読劇になっているらしい。観てみたい。

D-482
https://x.com/ishiichiko/status/1757984287457243223?s=20

遠きにありて、ウルは遅れるだろう

2月16日

✅13pages
📖 Far Away Uru Will Be Late by Bae Suah
『遠きにありて、ウルは遅れるだろう』/ペ・スア著、斎藤真理子/訳(白水社)
📄P112-145
[Ⅱ]を読み終わった。小学校で即興劇を演じた4人の少女、記憶が生々しくなる病を患ったという人からかかってきた電話。女の名前はウルだとわかる。

そのあと女は客に〈驚くべきこと、または説明できないこと〉を経験したことはないかと訊く。客はあるゲリラ公演の話をする。客の話を聴いて、女は自分がこれから書くことになる文を即興的に朗唱しはじめる。その朗唱の部分がとてもよかった。一部引用してみる。

母が死んだ家で、私は両腕を垂らした姿勢で死体のように座っている。時がどれほど流れたのかわからない。家の中は薄暗い。どこからか差し込んできた妙に強烈なオレンジ色の夕方の日差しが私の左手にとどまっているのが見える。指は薄い灰色で、過剰に曲がっており、正体のわからない悲しみでけいれんするように震える。その瞬間、私は完膚なきまでに内面の存在だった。その瞬間、私の言語は完膚なきまでに内面の言語だった。その瞬間、私の記憶は誰にも属していなかった。

遠きにありて、ウルは遅れるだろう

D-481
https://x.com/ishiichiko/status/1758446258484896064?s=20

遠きにありて、ウルは遅れるだろう

2月17日

✅13pages
📖 Far Away Uru Will Be Late by Bae Suah
『遠きにありて、ウルは遅れるだろう』/ペ・スア著、斎藤真理子/訳(白水社)
📄P147-211
[Ⅲ]まで読了。末尾の文章にたどりついたとき「?」となったけれども、好きな文章がたくさんあった。

[Ⅲ]は〈ウルは見る目だ〉という一文で始まる。このウルはMJに会いに行こうとしていてる。MJは何者かわからないが、葬式があるらしい。ウルは映画監督のジョナス・メカスに手紙を送ったことや、幼いころ経験した〈一時的で透明な失明〉について語る。それからMJの葬式には行かず即興的にタクシーに乗り込み、無意識に名前を口にした町で降りる。黒い犬に導かれ、自分が通っていた気がする学校にたどりつき、同級生だという男と話す。

自分を規定する記憶をいちから、即興で生みだしている〈はじまりの女〉の話なのかな。全体が。明日、もう一回全体を読みなおしてみよう。

D-480
https://x.com/ishiichiko/status/1758758996260135397?s=20

遠きにありて、ウルは遅れるだろう

2月18日

✅13pages
📖 Far Away Uru Will Be Late by Bae Suah
『遠きにありて、ウルは遅れるだろう』/ペ・スア著、斎藤真理子/訳(白水社)
📄P7-211
再読。やっぱりわからないけど、ものすごく面白い。

訳者あとがきによれば、この小説は〈中世の三連祭壇画〉のようなものだと著者は言っている。三つのパネルそれぞれに、絵ではなく映像が映し出されている光景を思い浮かべたらしい。

とりあえず三連祭壇画における中央のパネルにあたるのは[Ⅰ]の物語と仮定してみる。冒頭の〈独白は混乱とともに終わった〉という一文はあらためて読みなおしても不思議だ。午前四時に目覚めたウルは自分を規定する記憶をすべて失っており、チャンドラーの『大いなる眠り』を読んでいる同行者も何も思い出せない。二人のいる部屋は静かで〈まるでこの世も、我々も、ぴったり午前四時に創造されたかのようだった〉という。

独白が終わった途端に何らかのスイッチが入って、文字を読んでいるわたしの目の前で小説が生成されているような感覚がある。すでにある世界を描いているのではなく、世界が生まれる瞬間を目撃しているような。そして、[Ⅰ]の最後のページに行き着くと、ああそうかと思う。ウルは同じ一日を変奏しながら繰り返し生きているのだ。

[Ⅱ]のウルは午前四時、〈母さんが死んだ、私のはじまりのきざしが消えた!〉という一節が聞こえてきて、ぱっと身を起こす。[Ⅲ]のウルは午後四時という時間を同級生かもしれない男に知らされる。[Ⅱ]と[Ⅲ]のウルは文章を書いているという大きな共通点がある。[Ⅱ]と[Ⅲ]は[Ⅰ]と同じ一日を異なる形で即興的に生きている……という解釈をできなくもないかなと思ったけど、すっきりはしない。すっきりしないので、また細部を読み込む。いつまでも読める。読むたびに新しい小説が目の前にあらわれる感じというか。

生きるために書くという言葉は事実だ。言葉は先に立って歩み、そうやって生を発明してゆくのだから。そうでなければもうこの先には空っぽの時間という形式が残るだけだろう。

遠きにありて、ウルは遅れるだろう

D-479
https://x.com/ishiichiko/status/1759217538855325923?s=20

遠きにありて、ウルは遅れるだろう

ホソクさんお誕生日おめでとうございます🎂

min.tにもまとめています。


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