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三橋貴明「中小企業を潰す菅政権─ナショナリズムに基づいた国民経済を!」(『維新と興亜』第6号、令和3年4月)

縦と横のナショナリズムに基づいた国民経済
── 小泉政権以来、新自由主義、グローバリズムが加速し、わが国の共同体が崩壊の危機に直面しています。共同体の回復を強く訴えている三橋さんは、ナショナリズムとグローバリズムの特徴を非常にわかりやすく対比し(次ページ図参照)、「縦軸のナショナリズム」と「横軸のナショナリズム」を重視すべきだと主張しています。
三橋 豊かな国民生活には、生産性の高い経済の実現が必要です。生産性の高い経済は、共同体を構成しなければ実現できないのです。
 横のナショナリズムとは、今を生きる国民同士の助け合いであり、それはドイツの経済学者フリードリヒ・リストが唱えた生産諸力に典型的に表れます。インフラや制度などを整え、国民経済の中で働いている人たちを有機的に結び付けることによって、生産諸力は高まります。例えば、一人が10の生産力を持っている場合、10人がバラバラに働けば、全体の生産力は100にしかなりません。ところが、10人が有機的に結びついて、分業と結合によって生産すれば、生産力は1000にも2000にもなります。そのような生産諸力を実現するためには、共同体が必要だということです。これが横のナショナリズムです。
 また、人間は一人では、大災害、経済危機、戦争、医療崩壊といった非常事態に立ち向かうことはできません。だからこそ、人間は「今を生きる同じ国民として助け合う共同体」の単位として「国家」を形成しているのです。
 一方、縦のナショナリズムは、世代間の助け合いであり、例えば、ナショナリズムの特徴である「永続的」、「蓄積的」という側面に典型的に示されます。これに対して、グローバリズムの発想は「短期的」、「調達的」です。
 例えば、投資自体は、お金を払った瞬間には何も生産していません。しかし、共同体においては、将来の世代のために、リスクを取ってでもインフラを整備したり、工場を建設したりします。
 現在の日本人がそれなりに快適に生活できているのは、先人たちが過去に投資してくれたおかげです。だからこそ、我々は将来世代への投資をしなくてはいけないということです。これが縦のナショナリズムです。
 この縦と横のナショナリズムを維持するためには、歴史や文化の共有が必要です。ところが、戦後この二つのナショナリズムが破壊されてきたのです。戦後の歴史教育や歴史学者の出鱈目な学説の蔓延によって、祖国の誇りある歴史が奪われました。その結果、縦のナショナリズムが破壊されてきたのです。
 一方、横のナショナリズムの破壊は、財政均衡主義を含む「小さな政府」路線とグローバリズムに舵を切った大平正芳内閣が大きな分岐点となりました。大平路線は、中曽根政権時代に進められた国鉄民営化などの民営化路線に象徴的に示されています。共同体に不可欠な公共インフラは、たとえ赤字でも維持しなければならないものです。ところが、公共インフラ、公共サービスにビジネスの論理が持ち込まれたのです。小泉政権が推進した郵政民営化も同じです。大平内閣以来、40年間にわたって新自由主義、グローバリズム路線が続いています。
 MMT(現代貨幣理論)は、この二つのナショナリズムに沿った発想だと考えます。国民の供給能力が十分であれば、政府は「国民の安全保障を強化し、困窮した国民を救う」ために、国債発行などによって「貨幣」を発行し、支出しても構わないのです。それが、経済のインフレ率を適正水準に保つのであれば、むしろ積極的にやるべきです。
 政府の支出や徴税は、「財政の均衡」ではなく「経済の均衡」を維持するために行われます。経済の均衡は、「将来の成長」のために必要です。つまり、MMTは現在の国民はもちろん、将来の国民をも救うことになります。ところが、間違った貨幣観、国家観が浸透してしまった結果、それが理解されない状況にあります。
 間違った貨幣観によって、「国鉄が赤字だから分割民営化すべきだ」という議論が受け入れられ、公立病院も赤字だということで、削減されてきました。しかし、公立病院が赤字である状態は、平時に医療供給能力に余裕があるということです。それを、無駄だとして切り捨ててきたのです。その結果、現在コロナによって医療崩壊の危機に直面しているのです。

中小企業や地銀の淘汰で地域経済は崩壊
── 菅政権が、産業競争力強化法など一連の法改正によって進めようとしている「中小企業潰し」も、共同体の破壊に拍車をかけることになりそうです。
三橋 経営的な余裕がない中小企業や地方銀行は壊滅的な打撃を受け、地域共同体が完全に破壊されるところまでいくと思います。
 菅政権が新設した成長戦略会議を主導しているアトキンソン氏や竹中平蔵氏らが狙っているのは、「良さそうな中小企業」をまとめて中堅企業とし、余剰人員や不採算事業を切り捨て、「綺麗な形」に磨き上げ、外資系企業などに売り飛ばすことです。そのために、政府はM&Aビジネスが容易になる政策を推進しようとしています。
 菅政権は、事業転換によって中堅企業へ成長しようとする中小企業だけを優遇しようとしています。また、現在の中小企業は、中小企業基本法によって、業種、資本金、従業員数に基づいて定義されていますが、基本法を改正して、中小企業の定義自体を変えようという動きも出てきています。定義が変われば、税制措置等の優遇が受けられなくなる中小企業者が出てくるということです。
 アトキンソン氏は最低賃金の引き上げを主張しています。私も、その主張自体には賛成ですが、政府による需要拡大が大前提です。何もしないまま最低賃金を引き上げれば、その負担に耐えられない企業は淘汰されてしまいます。それが、アトキンソン氏の狙いなのでしょう。まさに今、中小企業は兵糧攻めに遭おうとしているのです。
 さらに、銀行法の改正も議論されています。現在、銀行による事業会社への出資は5%までに制限されています。こうした制限を設けているのは、銀行が中小企業の出資を拡大し、役員を送り込んだりすれば、中小企業の多様な経営が成り立たなくなるからです。ところが、金融庁は、この出資規制の緩和を検討しているのです。しかも、外資制限もありません。外資系金融機関が日本の中小企業を支配し、事業を望み通りに再編したり、バラバラにしたりすることができるようになるということです。
 こうした中小企業淘汰政策によって何が起きるのか。まず、地銀や中小企業を中心とした地域経済が破壊されてしまいます。地銀はそれぞれの地域の経済活動の要です。地銀は、それほど大きなビジネスにならないとしても、地元の中小企業との関係を深め、地域経済を支えてきたのです。その地銀が淘汰され、再編が進めば、中小企業は融資を受けられなくなります。地域経済は破壊され、住民の貧困化が確実に進みます。
 また、中小企業のM&Aが進めば、統合に伴う余剰人員が生み出され、多数の失業者が発生します。さらに、グローバル市場で「価格競争」を強いられるM&A後の企業は、賃金を抑制しようとするでしょう。これらは、いずれもデフレ化を進めることにしかなりません。
 菅政権が成立を目指している産業競争力強化法改正案には、「中小企業が中堅企業へ成長し、海外で競争できる企業を育成する」とはっきり書かれています。そもそも、なぜ中小企業全てが海外で戦わなければならないのか。自社の企業規模をどうするか、どのような経営を志向するかは、経営者が主体的に判断することです。なぜ、政府に「規模を拡大し、グローバルに戦え」と言われなければならないのでしょうか。
── アトキンソン氏は、「日本の中小企業の生産性が低いのは、数が多すぎるからだ」と主張しています。
三橋 日本の中小企業の生産性が低いのは、デフレという「総需要不足」が原因です。生産性は、投資によってしか高まりません。ところが、日本の設備投資はリーマン・ショック以降、非常に減っています。リーマン・ショック以前には、約8兆円あった大企業の設備投資は、6兆円強に減少しました。また、約4兆円あった中小企業の設備投資も3兆円以下に減少しています。

アトキンソンの主張を丸呑みする菅総理
── アトキンソン氏は、以前から中小企業淘汰論を展開していました。
三橋 菅総理は、アトキンソン氏の主張を丸呑みしているのです。安倍前政権時代にも、菅さんは官房長官として、アトキンソン氏が提唱するインバウンド拡大や外国人移民の受け入れなどを推進してきました。そして、総理になった菅さんは、成長戦略会議のメンバーにアトキンソン氏を抜擢しました。なぜ、文化財補修会社「小西美術工芸社」の社長が、そのようなポジションに就くのか解せません。
 実は、バブル崩壊後に、「日本には不良債権問題がある」と焚きつけたのも、アトキンソン氏です。その後、彼は竹中氏と組んで日本の企業をハゲタカファンドに売り渡しました。あの時にターゲットとなったのは大企業と大銀行でしたが、今回のターゲットは中小企業です。
 コロナ危機により、地方の中小企業や地方銀行の業績が悪化しています。本来、政治の役割はそうした中小企業を守ることにあるはずです。ところが、惨状に付け込んで、中小企業潰しを進めようとしているのです。まさに、新自由主義の手法である「ショック・ドクトリン」です。
── 菅総理は、すでに自民党総裁選が行われた昨年9月の時点で、日本経済新聞のインタビューでアトキンソン氏の主張通りに、中小企業の統合・再編を促進すると表明していました。
三橋 菅政権発足まもなくの昨年11月には、本来中小企業を守るべき中小企業庁に「中小企業の経営資源集約化等に関する検討会」が設置され、経営資源の集約化という名目でM&Aの推進に関する検討が進められてきました。しかも、検討会のオブザーバーには、M&A関係事業者が名を連ねています。一部の利害関係者が、やりたい放題やっているのです。まるで発展途上国のような政治です。
── 本来、中小企業庁は中小企業を守るという役割を果たすべき存在です。中小企業庁設置法には「経済力の集中を防止し」とも謳われています。
三橋 官邸が中央官庁の幹部人事を掌握し、各省庁が果たすべき政策を歪めているのです。官邸は、自分たちの政策に反対する官僚を左遷し、言うことを聞く官僚を優遇してきました。こうして、官邸は省庁を意向通りに動かしているのです。農林水産省も中小企業庁と同じです。農水省は、農家や農協を守るべき立場にあるにもかかわらず、官邸の言いなりになって、グローバル企業や大企業の要望に沿った政策を推進しています。
── 菅政権の中小企業潰しに対して、なぜ自民党の中から異論は出てこないのでしょうか。
三橋 何が問題かを理解していないのでしょう。それは、野党も同じことです。第三次補正予算で、事業転換を目指す中小企業を支援する「事業再構築補助金」が創設されましたが、その事務局に選ばれたのは、竹中平蔵氏が会長を務めるパソナです。利益相反と批判されて当然ですが、それを追及する声も上がってきません。
── 共同体の回復のために、何が必要でしょうか。
三橋 菅政権は相変わらずグローバリズムを推進しようとしていますが、コロナ禍は共同体を回復する絶好の機会です。
 アメリカでは、コロナ禍と中国の脅威に直面して、大きな変化が起こりつつあります。バイデン政権が3月12日に200兆円規模の「大型追加経済対策」を成立させ、さらに3月31日には、さらに200兆円を超えるインフラ投資計画を発表したのです。積極財政への転換が明確になったということです。しかもバイデン政権は、中国による国家安全保障上の脅威に対抗するために、政府主導で経済を強化する方針を示しています。
 いまこそ、わが国も、緊縮財政、グローバリズムと決別し、ナショナリズムに基づいた国民経済を取り戻すべきです。

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