情況についての発言(6)――NHK字幕問題とCLP問題、その後

 半年以上前の「情況についての発言(4)――メディアと権力との距離」(以下「情況(4)」と記載)で言及したことであるが、今年は新年早々にメディアと権力との距離が問われる出来事が相次いだ。特に私はNHK字幕問題とCLP問題のその後の動向について気になっていたのであるが、ここ最近になって両者ともに大きな動きがあったようである。これからそれらの動向についての私の見解をここにおいて述べていきたい。 


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 まずはNHK字幕問題からであるが、NHK字幕問題とは、半年以上前の「情況(4)」でも説明したことではあるが、昨年12月26日にNHK BS1で放送された「河瀨直美が見つめた東京五輪」という東京五輪公式記録映画の監督を務める河瀨直美氏を密着取材した大阪放送局制作のドキュメンタリー番組内において、字幕で「五輪反対デモに参加しているという男性」、「実はお金をもらって動員されていると打ち明けた」と紹介された中年男性が、実際に五輪反対デモに参加していたことが確認できなかった問題のことである。その後のNHK側の説明が二転三転したものの、2月10日にNHKが記者会見を開き、制作を担当した大阪放送局のディレクターとチーフ・プロデューサーを停職1か月、専任部長を出勤停止14日とするなど、計6名の懲戒処分を発表し、「「BS1スペシャル」報道に関する調査報告書」を公表した。また同日、放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送倫理検証委員会が不適切な字幕の件に放送倫理違反の疑いがあるとし、審議入りを決定した。
 そして9月9日にBPOの放送倫理検証委員会の見解が公表され、不適切な字幕の件について、「重大な放送倫理違反があった」と認定され、全17ページにわたる「NHK BS1 東京五輪に関するドキュメンタリー番組への意見」も公開された。BPO側の見解の報道が出た当初、私はその見解におおむね納得したのであるが、後でBPO側の意見書を読んだところ、BPOをもってしても限界があると思うに至った。言うまでもなく、不適切な字幕の件の責任の所在はあくまでNHK側にあり、BPO側もNHK側に責任の所在があるとする立場である。ただ、BPO側の意見書を読む限り、番組内で「プロの反対側もいてるし ほんまに困って反対派もいてはるし」と語った映画スタッフ(BPO側の意見書では「X氏」と表記、以下ここでも「X氏」と記載)は、BPO側の意見書において一貫してNHK側による被害者として位置づけられている。
 BPO側の意見書は、審議対象のドキュメンタリー番組を視聴した他、NHK側から提出された報告書や中年男性へのインタビューに関する記録等々の各種資料の精査、審議対象の番組の制作等々に関わった大阪放送局のディレクターやチーフ・プロデューサー、専任部長の他、公式映画の河瀨監督やX氏を含めた16人から合計32時間超のヒアリングを実施した上で作成されている。意見書において、ディレクターの証言とX氏の証言とが大きく食い違っていることが記されている。番組を編集するなかで、ディレクターは、映画チームが東京五輪に対して様々な意見を持つ人を取り上げようとしている姿を番組の後編(番組は前編・後編の二部構成)の柱の一つにしようと考えたようである。この方向性で収録材料を見直していた時に、X氏がインタビューで「いろんな立場の反対派」について語る部分に着目し、これを使用することにしたとある。X氏が言及した「プロの反対側」の具体例として例の中年男性を充て、「ほんまに困って反対派」の具体例としてコロナ禍でライブができなくなったパンクミュージシャンのインタビューを充て、この構成についてチーフ・プロデューサー等々からは何の意見もなかったようである。
 12月7日からプロデューサー試写が大阪放送局内で始まり、第1回目の試写の際にチーフ・プロデューサーから注文が入った。番組に説明不足の箇所が多く、視聴者に不親切だとの印象を持ったからである。詳しくは「情況(4)」に書いたのでここでは割愛するが、とにかくチーフ・プロデューサーは、ディレクターに対して、五輪反対デモにお金を貰って参加したかを確認するように指示した。
 12月9日にディレクターは、デモに関する内容の確認を中年男性本人ではなくX氏への電話で行ったようである。ディレクターによれば、編集中に気になった点も含めて、次の3点を尋ねたそうである。

①X氏がインタビューで言及した「プロの反対側」とは東京の山谷地区で取材した中年男性を指すのか?
②中年男性にボカシをかけなくてもよいか?
③中年男性は五輪反対デモに行く可能性があると述べていたか?

 ディレクターの証言によれば、X氏は①と③は肯定し、②についてはボカシを入れたほうがいいだろうと答えたとのことであるが、X氏の証言はこれとは大きく食い違っており、12月9日の電話でディレクターが尋ねたのはパンクミュージシャンの肩書きの確認のみで、中年男性のシーンに関するX氏とディレクターとのやりとりは12月9日よりずいぶん前に電話で一度あっただけで、中年男性の映像を使うという伝達とその顔にボカシをかけるべきかの意見を求めるものだったという。X氏は、「NHKの作品ですからNHKの好きにしてください」とディレクターに答えたようである。
 ディレクターの証言とX氏の証言のどちらが正しいかは、実際に現場にいた当事者同士のみが知ることであり、放送倫理検証委員会の委員はもちろん、私も知る由がなく、意見書の作成にあたっては、NHK制作の番組でX氏が中年男性と同様に取材対象者である以上、両者の証言が大きく食い違っていようが、NHK側にすべての責任があるとする結論になるのはやむを得ないように思われる。
 意見書には、ディレクターとX氏とで「プロの反対側」という言葉の捉え方が大きく異なっていることが記されている。ディレクターは、「お金を貰っている人」とイコールであると捉えているが、X氏は次のように捉えている。

 しかし、X氏はこの言葉には熟慮してものを考え、デモの届け出などもしっかりと行う「プロフェッショナルな人々」という意味を込めたのであって、金銭をもらって参加する人を指したのではなかったという。

 ディレクターがX氏に確認を求めようが求めまいが、X氏はなぜ一般的に金銭のやりとりを連想させる「プロの反対側」という言葉をわざわざ用いたのだろうか? 「情況(4)」で書いたことであるが、NHK側の報告書では、X氏は「プロの反対側」という言葉について、「強い思いをもってデモに参加している人たち」のことであると答えている。X氏が「プロの反対側」という言葉をどのように捉えようと、ディレクターのみならず、誰しもが金銭のやりとりを連想するはずであり、その上、X氏の捉え方もコロコロ変わっているのである。本来であれば、「ほんまに困って反対派」を「強い思いをもってデモに参加している人たち」と考えるほうが自然だが、X氏が「ほんまに困って反対派」をどう捉えているのか、意見書においてもよくわからない。「ほんまに困って反対派」の具体例としてパンクミュージシャンを充てたのはあくまでディレクターである。
 意見書には、NHKがここ数年の間で事実でないものを事実として放送してしまう事案を多発させているとの指摘も記されている。ただでさえ忙しい現場に更なる負荷を強いる再発防止策であれば、抜け道が探られることになりかねないとし、繰り返し同様な問題が起こるのはどこか無理があるからではないかと、放送倫理検証委員会は構造的な要因があると考えているようである。私も意見書とNHK側の報告書の双方にざっと眼を通してみて、五輪競技映像の利用費用の関係も一因として、現場が多忙であるとの印象を持った。今年の5月には、NHK職員有志一同による現会長の「強引な改革」への批判的な記事が某月刊誌に掲載されたが、NHK内部で新自由主義的な改革がだいぶ進んでいるのかも知れない。来年の1月に会長が交代するとの報道が出たが、今度の会長は日本銀行元理事とのことで、何代にもわたって経済界からの登用が続くことになる。恐らく、現行の改革路線を踏襲するものと思われる。NHKの民営化も時間の問題なのかも知れない。今後、NHKに期待することはもはや何もないように思われる。


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 CLP問題のほうも大きな動きがあった。CLP問題とは、「情況(4)」でも詳しく説明した通り、今年の1月5日に出演協力者5名の連名で作成された抗議文がCLP側に送られたことによって明らかになったCLPの不祥事のことである。その不祥事とは、「公共メディア」を標榜するCLPが、2020年春からの約半年間、公党である立憲民主党から制作費を提供され、その期間に資金提供の事実を秘匿し、一般視聴者から資金を募っていたことを指す。
 大きな動きとしてはまず、出演協力者5名の連名での抗議文の公開から約半年後の7月28日に今回の問題に関する調査報告書が公開された。私もざっと眼を通したが、過去にCLPの番組に出演した者の手になる報告書であるものの、その内容はCLPの責任者にとって非常に手厳しいものであり、私が疑問を挟む余地がないように思われた。
 次の動きは、調査報告書の公開から2か月後の9月28日にあり、共同代表である佐治洋氏と工藤剛史氏の名義で「お詫びと活動再開における今後の対応について」という文章が公開された。そこには、まずサポーターやクラウドファンディングの支援者、出演者、協力関係者、視聴者への謝罪の言葉が記され、次いで、今後の対応と責任や再発防止策、10月からの活動再開の報告が記されている。
 抗議文や調査報告書での指摘や言及を受けて、代表辞任、CLPの解散等々、責任の取り方を考え、活動再開の是非を協議し、この間に支援者や出演者、協力関係者との意見交換を重ね、お詫びと経緯説明をするなかで、様々な意見や指摘をいただいたという。そして、「辞任や解散をすることで、本当に責任を果たしたことになるのか」と、自問自答をする日々が続いたものの、多くの応援や継続を望む声をいただいたことで、最終的に活動再開の方針を固めたようである。また、佐治氏は当初、辞任の意向を伝えていたが、最終的に辞任を取り下げ、過去の過ちを背負い、活動を続けることで責任を果たすと考え改めたようである。
 再発防止策については、(1)アドバイザーの設置、(2)株主の増員、(3)行動指針の策定、(4)サポーターとの定期的な意見交換や勉強会の実施の4点が提示されている。詳しい内容の紹介は控えるが、(1)については数名が確定しているようである。
 そして、2日後の9月30日に「CLP活動再開のご報告と今後の対応について」と題するライブ動画がYouTube上で配信された。内容はほぼ調査報告書と2日前に公開された文章で書かれたことの説明であり、まず初めにサポーターやクラウドファンディングの支援者、協力関係者、視聴者等々に対する謝罪の言葉が語られた。その後、10月9日に「10/9 台風15号 静岡のいま 豪雨災害とともに考える気候危機」と題するライブ動画が配信されたのを契機に、活動再開を果たした。
 私としては、佐治氏の共同代表辞任が妥当であると考えているが、支援者や協力関係者の間で応援の声が大きいのであれば、その声に応えなければならない。解散についても同様のことが言える。民放各局が大資本企業をスポンサーとしてそれに依存し、公共放送を担うNHKが内部での改革の影響からか、事実でないものを事実として放送したり、伝えるべき情報を伝えなかったりする昨今の情況において、まったく別の新しい形で「公共メディア」を標榜するCLPに対して期待する声が大きいのかも知れない。不祥事があった以上、CLPは解散してCLPに代わる「公共メディア」が出て来て欲しいというのが私の本音であるが、リスクが大きいからか他に手を挙げる団体や個人がなかなか現れないのかも知れない。ならば、不祥事があろうともCLPに期待する声が大きくなるのは当然である。私としても、現状がこうであるならばCLPに期待する他はない。とにかく、CLPは今後、再発防止策を徹底させ、「公共メディア」に見合う報道をひたすら続けて、信頼回復に努めていただきたい。

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