夜の芳しき

今夜私は、どうせ眠れないからと開き直って、しばらく見て見ぬふりをしていた部屋の整理をすることにした。
昼間外に出たら、もうすっかり初夏の陽気だったので、ついに暑苦しく思うばかりになってしまったコート達を整理して、衣替えから。

かつて着物が普段着であった頃、6月1日からはしっかりと、裏地のついていない単の着物に変えた。最近は暑いから、私は6月1日よりももう少し早く、5月1日にやってしまうのだけど、今年は3月終わりからほとんど家にいるだけの毎日で、すっかりそんな季節になったのを忘れていたのである。それにしてもまぁなんて服の多いこと。衣替えや服の整理をしようとすると、いつも必ずと言っていいほど服の山を前に立ち尽くし、途中で諦めて服の山の中で寝てしまうこともある。

果たして今回はなんだかわからないけれど魔法のようにうまくできた。収納がない部屋なので、ハンガーラックとトランク2つ、そしてジップ付きの大きなバッグの中に、ワンピース、スーツ、トップス、ボトムスなどの種類や、よく着るものとそうでないものに分けて収納していったのだけど、おおよそ全てにおいて手際の悪い私が、恐ろしくなるほど手際がよくて自分でもびっくりしてしまった。

根を詰めて服の整理をしていた為に気付かなかったのだけれど、さっきから部屋中が華やかに色づいている気がした。服もいつもよりずっと美しく見える。これが片付けの魔法なのかとしばらく悦に入っていたが、ハッと気づいた。部屋中が、とても芳しい!
香水が漏れているのかとしばらく出どころを突き止めようとしてしまった程の、部屋中が花で埋め尽くされたような香り。私はしばらく文字通り嗅ぎ回ってやっと突き止めた。
窓の外から豊かに、華やかにジャスミンが香ってきていたのだ。

何分香りに浸っていただろう、やっと我に帰り、次はお化粧道具などを入れた引き出しを片付ける。
沢山になったお化粧道具やブラシ、香水やルームフレグランス、どれも今この部屋を満たしている香りには勝てない。うっとりしながら整理を進める。ハンカチやタオルの束。このジャスミンの香りがこのハンカチやタオル全てに染み込んで欲しいと願いながらいつもよりも丁寧に畳む。

奥の方に、袋に入ったままの真っ赤な色を見つけた。隅っこには「夢二」のサイン。
こんなもの持っていたかしらと袋を開けてみると、ジャスミンの魔法を破って懐かしい匂いが脳の中を駆け巡った。去年他界した父方の祖母が持っていた小さな風呂敷。祖母が好きだった竹久夢二デザインの、大きな椿の絵が描かれている真っ赤な風呂敷。形見分けで貰ってきて仕舞い込んでいたのだった。
それに染み付いた、祖母の箪笥の匂い。
ジャスミンの香りはつかなくとも、いつか「祖母の箪笥の匂い」は消えてしまい、「私の引き出しの匂い」になるのであろう。

今夜のジャスミンの香りも、そのうちに無くなる箪笥の匂いも、私はきっといつまでも思い出すのだろう。

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