大丈夫、みんなそんなにキラキラしていない

イギリスのバースで開かれた、外見に関する学術会議"Appearance Matters 8"。

ここで注目されていたトピックの1つが、インスタに代表されるSNSのボディイメージに及ぼす悪影響でした。

この場合のボディイメージとは、自分自身が自分の身体をどうとらえているかということを指します。

これまでの研究ではっきりしているのは、スタイルのよさを強調するようなキラキラした写真をSNSで見ると、ボディイメージが悪化してしまう。

つまり、自分の身体に対する肯定観が下がるということです。

そして身体に対する肯定観は、自分自身についての肯定観、さらには気分と連動していますから、同時にこれらも下がります。

当然のことながら、この学会にきている研究者は、なんとかこれを食い止めようと考えているので、いろいろな対策が発表されていました。

SNSのイメージが与える悪影響を食い止める対策として、おそらく手っ取り早く考え付くのが、「これは加工処理されています」という表示を出すことです。あるいは「こういう体型になると、健康への悪影響が考えられます」といった表示も考えられるでしょう。

実際にこういう対策は既になされていて、イスラエルのように、加工処理の有無を義務化した国もありました。

ところがです―

これまでの研究で、いくらこのような表示をしてもボディイメージの悪化は食い止めらないという報告が複数なされています。

されにそれだけでなく、そのような言葉が表示されると、身体に関する満足感がむしろ下がり、加えて気分まで悪くなってという調査まであるのです。

表示の効果が全くないという研究は、学会では2つあり(Triggemann et al, 2018, Fardouly et al 2018)、この結果を聞いた会場の人たちからは落胆の声が上がりました。

なぜ効果がないのかについては、「これは統計調査で、その表示を実際に見た人にインタビュー調査をしたわけではないのでよくわからない」との回答がなされていましたが、いずれにしても悪影響が分かっていながら、具体的な対策がないというのが現状ということでしょう。

なぜ効果がないんだろう


この研究結果は大変興味深く、私も「なぜなのだろう?」としばらく考えていたのですが、結果、「そうなるのは当然かも」という結論に達しました。

たとえば飲みに行ったときに、お酒のメニューの横に「これはあなたの健康に悪影響を与えるものです」と書いてあったり、ビールを運んできた店員からジョッキと一緒に「アルコールの害について」というパンフレットを渡されたらどう思いますか?

「お酒を飲んで楽しい気持ちになりたい」、「日常のめんどくさいことを忘れてパーッとやりたい!」と思って居酒屋に行ったのに、こんなものを見せられたら一気に現実に引き戻される気分にならないでしょうか。お酒を飲んでいるときに、健康的に生きる自分の未来なんて考えたくはないはずです。ただいまを楽しみたい。それがお酒を飲む目的ではないでしょうか。

インスタをはじめとするSNSの写真にも同じ効果があると思います。

仕事に使う、待ち合わせに使うなど、現実の生き方を合理的にするための側面がSNSにあることは紛れもない事実です。

ですが、それだけではなく、SNSには、現実のめんどくささから一瞬私たちを解き放つ力、現実の汚さのないキラキラした世界を見せてくれる力があります。

掌の中のディズニーランドに飛び込みたいときが私達にはあるのです。

でもその世界に飛び込んだ瞬間に、「この写真は修整されています」というメッセージが飛び込んで来たら...。

「このミッキーマウスには人が入っています」と、ミッキーマウスに書いてあるようなものでしょう。

そう考えると、写真の注意書きを見て、気分が悪くなるのもわかります。

大丈夫、みんなそんなにキラキラしていない

とはいえ、「表示なんてしても意味ないんだから、放置するしかないんだよ」というのも極端すぎると思います。

なぜなら、インスタをはじめとするSNSの弊害については、すでにそこかしこで言及がなされているからです。

この問題の本質は、現実に比べると、SNSが魅力的過ぎるということに尽きるのではないでしょうか。

満員電車を知らない人の頭の後ろを見て耐えるくらいなら、ツイッターを見ていた方が楽しいでしょう。さらにそこで「いいね」がたくさんついたりしたら、満員電車の辛さを忘れられるかもしれません。

会社でやなことがあっても、SNSに吐き出して励ましてもらえれば、そこが逃げ場として働くかもしれません。そうであればSNSを10秒に1回見たくなることも納得です。

現実世界がつまらなく、絶望的であればあるほど、SNSは魅力的な世界になるはずです―たとえそのことが多少の悪影響を自分に及ぼしたとしても。

そう考えると、アルコール依存症の人がお酒がないと生きていけなくなってしまうことと、SNSを見ないといても経ってもいられなくなってしまうことは、なんだかとても似通っていて、この二つは、遠い世界ではなく、隣り合わせのような気がするのです。

いえ、隣り合わせというよりは、SNSが魅力的過ぎて現実の世界がもっとつまらなくなる世界が来るかもしれません。


なぜなら無限のデジタルの世界の中で、きっとこれからもっともっと刺激的なSNSが生まれるはずだからです。

その時に、生きている限り決して離れることのできないこの「めんどうくさい不完全なからだ」は私たちにとってどんな存在になり、そしてその「からだ」とっ私たちはどう付き合っていくのでしょうか。

それはきっととても近い未来なのだと思うのですが、私にはまだその未来の様子が見えません。

でももしSNSのキラキラが眩しすぎて、自分なんかだめなんじゃないか。
そう思っている若者がいたのなら、私はこう伝えたいと思います。

SNSのキラキラした輪郭を、崩していくことが生きるということ。

インスタ映えする食べ物も、食べる時はぐちゃぐちゃになるし、どんなきれいな体型の人たちだって、おしっこもすればうんちもする。嫉妬もすれば焦りもする。

大丈夫、みんなそんなにキラキラしていない。

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