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野うさぎ髪

髪の色が日に日に明るくなっていく。
2週間ぶりにお会いした方に、あら、髪色を変えたんですねと驚かれたけれど、わたしは何もしてはいないのだ。髪を染めたり、脱色したり、マニキュアしたり、はしていない。むしろこれ以上の褪色をくいとどめようと、カラートリートメントなるものをせっせと使っている。これは髪がアッシュカラー、言うなれば灰色になるというものだけれど、私の髪は落ち着いたグレーなどにはならずに、どんどん明るい褐色に変じていく。

「パーマはかかりやすいんですけどね」
美容師さんは半ばため息混じりに言う。「染まらないんですよねー」
染める前に丹念にシャンプーしたり、染めたあとスチームをあてたり、さまざまに工夫してくれるけれど、この髪は色をはじいてしまうらしい。美容室をあとにしてしばらくは黒い髪も、その染料が空気中に溶け出すかのように、時につれふわふわと淡くなっていく。
染める、をぼかす、方向に転じるべく、使うカラー剤を変えてもらうと、今度は私の髪は茶色くなり始めた。そしてそれが加速する。
いま野うさぎ色の髪は、このままいくとじきにライオンの立髪の色になり、やがてキタキツネの耳の色になる。
黒い髪であるつもりの心は、落ち着かない。

茶髪全盛の時代を生きてきたが、20代の時もそれ以前も、髪色を自ら変えたことがなかった。白い髪が目立ち始めて、見苦しくないよう染めるようになったのはさほど昔のことではない気でいるが、その当初からこの髪は染まりづらかった。と言って、いわゆるグレーヘアー、白い髪を染めずに個性としてアピールするには、まだ少し人生の深みが足りない。

鏡、電車の窓。振り返るわたしを、茶色く円い髪が見返す。ほんの少しだけ、見慣れてきたような気もする。この色だから似合う服もある。
ほさほさとしたうさぎあたま。あの頃は髪が長かったなあと思い返すように、いつかこの髪色を懐かしむのだろうか。指で前髪を少し、持ち上げてみる。



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