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文豪ミステリー傑作選 読書記録。

河出文庫。
文豪ミステリー傑作選。昭和60年4月初版。

収録作品は10作家10本。

夏目漱石 趣味の遺伝
森鴎外 魔睡
志賀直哉 范の犯罪
芥川龍之介 開化の殺人
谷崎潤一郎 途上
泉鏡花 眉隠しの霊
川端康成 それを見た人達
太宰治 犯人
内田百閒 サラサーテの盤
三島由紀夫 復讐

解説は近代文学研究者の鈴木貞美さんが書いている。
鈴木さんの文章からは、いつも読書や、作品に対する愛着が染み出しているような気がする。読んでいて勉強になると共に、ほのぼのあったかい気持ちになる。

メンバーが、豪華だ。
ある時期までの「文豪」らしい「文豪」が網羅されてる感すらあるよ。

結果的に男性作家のみになっているのも面白い。女性「文豪」で同じ試みをしたのがあったら、読んでみたいかも。
鈴木貞美さんは解説の中で、こう述べている。

"ここには、日本の近代文学史上に名を残す作家たちのミステリアスな読み味の作品が、集められている。"

そうしてみると、円地文子さんの作品なんて、ミステリアスな読み味たっぷりのものがいろいろありそうで、うってつけな気がする。

さて、僕がこの中で気に入ったのは

志賀直哉 范の犯罪 
谷崎潤一郎 途上
川端康成 それを見た人達
太宰治 犯人

あたり。志賀の「范の犯罪」は、改めて読んでみて随分おもしろかった。
4人とも殺人事件を扱っているのだけど(太宰だけは別で、人を殺してしまったと思い込んでいる男の心理を描いている。本人がそう思い込んでいるのだから、そうなのだ。)、4人が4人とも、ドラマの中心にもってくるところが全然ちがう。

志賀の場合は、本当にある殺人犯の内面で、故意と過失を明瞭に峻別しうるのかという、犯罪者心理。

川端の場合は、死体性愛。澁澤龍彦の言葉を借りれば死美人幻視的なテーマ。「死体」の持つ観念的な美が、現実の肉体の腐敗との皮肉な対比によって際立つ。

谷崎の場合は、拡大を続ける都市東京を舞台にした、長期間かつ隠微なトリック。そして私立探偵が新橋、銀座、京橋、水天宮と、犯人の散歩に付き合いながら事件を語るという仕掛けが、妖しい近代都市東京の魅力を十二分に引き出して雰囲気たっぷり。

そうして太宰は、恋。恋が殺人に、優越する。少なくとも犯人は、そう思おうとしている。しかし、人間の心はそんなに甘くない。

それぞれが自分の土俵で、自家薬籠中の物にした語り口と作品構成で、事件に迫っていく。

"ミステリーといえば、推理小説、と今日相場は決まったようなものだが、ところがどうして原義を糺してみると、ミステリーは即ち謎や神秘、そして不思議物語、神秘物語のミステリアス・ストーリーのこと、なにも理を推すばかりが、ミステリーの能ではなかった。"

と鈴木貞美さんが言うように、各作者はそれぞれの資質に合わせて、事件の持つミステリアスな香気をたっぷり膨らませていく。

謎の解決が、決してその目的ではない。むしろ謎の解決すら、谷崎の「途上」のように、作品の効果を高める演出となっていく。

「途上」では、「私立探偵」に付き纏われながら、自分の過去の犯罪を暴かれていく犯人の心理の緊迫感を、読者もまるで自分ごとのように味わうことになる。最後のシーンを読むと、なんだかアッと言いたくなる、複雑な余韻に襲われる。

"江戸川乱歩という作家は、むしろ遅れてきた谷崎潤一郎、の観さえある。"という解説の評価にも頷きたくなる出来栄えだ。

この本を読んだら、なんだか自分自身も好きな作家の「ミステリー傑作選」を編んでみたくなったよ。
冬にあったかい部屋でコーヒーでも飲みながら読むのに、ぴったり。

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