見出し画像

私を料理の世界に連れていってくれたのは、ふかした芋。

 私はデザイナーとして会社に勤めていた。デザイナーといえば、そう、ブラック労働である。例に漏れず私の会社も12時間勤務なんてザラだった。経験のある方ならわかっていただけると思うが、拘束時間が長いともう料理なんて一切してられない。コンビニ飯、コンビニ飯、コンビニ飯。たまにスーパーがあいてる時間に帰れたラッキーな日はお惣菜がいただける。コンビニは手軽に完成度の高いご飯が食べられるところがいい所だけど、"味が食べる前から分かる"というのが最大の難点だった。食べる前から口の中に味を再現できる。分かるのだ。それは、退屈というのにちかい。人間は理解しきっているものには興味が湧かないのだと思う。会社と家を往復するだけのつまらない日々に、コンビニ飯は拍車をかけていた。
 ところが体重が3キロ増え始めたぐらいになったある日、夜中に小腹が空いて、冷蔵庫にあった芋を手に取った。クラシルで最も手軽な芋料理を検索する。芋を洗う。水で濡らしたキッチンペーパーとラップでくるむ。レンジで3分チン。あつあつの芋に十字に切り込みを入れ、バターをのせる。箸で欠片をつまんで、食べた。その瞬間、口の中にじゅわっと甘みが広がった。私の頭の中の、鍵がかかった門が開放されたのがわかった。食って、料理って、自炊って、美味しい。10年間一人暮らしをしてきて、どうして気づかなかったのだろう。
 その日から、私は料理好きな友人に連絡をとってオススメのレシピ家を聞いたり、自分でも色々調べた。その中で、今でもお世話になっているのが長谷川あかりさん、今井真美さん、土井善晴さん。いつもの見慣れた食材を、ほんの少しの工夫で、出会ったことがない美味しい料理にさせてくれる天才料理人三人衆だ。コンビニ飯と違って、"味は食べるまでわからない"というところがいい。探究心も食欲も満たされる。こんな手軽に楽しめる趣味が30歳で新しく見つかるなんて、思いもしなかった。嬉しい。ついでに、八百屋や類農園などの個人店に行くのも楽しみになった。美味しそうな食材が並んでいて、珍しいものにも出会える。本屋の感覚に近い。

 最近は、美味しい野菜の食べ方を覚えたり、鶏胸肉の正しい切り方を覚えたり。料理はまだまだ知らないことが多い。人生をかけても分かりきることのないものに出会えて、生きるのが前より楽しくなった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?