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千夜千字物語

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記事一覧

『千夜千字物語』その42~家族

4、5年ぶりに実家に帰った。 父とは意見のすれ違いでずっと疎遠にしていたからだ。 だからと言ってわだかまりがなくなったわけではない。 ただ報告しておかなければならないことがあったので 急遽帰ることにしただけだ。 それを聞きつけた弟は わざわざ有休を使って「オレも行く」とついてきた。 昼過ぎに実家に着くと 父はいつものようにぶっきらぼうに迎えてくれた。 久しぶりに帰った実家は何も変わっていなかった。 まずは母に挨拶するために仏壇に行くと まだ遺骨はそのまま残っていた。 「まだ

『千夜千字物語』その41~期間限定

「期間限定で付き合ってみない?」 唐突にそう提案してきたのはユミのほうだった。 「何かあった?余命いくばくもないとか??」 「ドラマじゃあるまいし、そんなことあるわけないでしょ」 と言って笑った。 するとアツシは 「だからと言って、“わかった”って言うほど軽くないだろ?」 と言って理由を尋ねた。 「何か、このままでいいのかな、って」 子供ができずしまいで50歳前。 もう作ることはとうの昔に諦めるてはいたが、 それ以来スキンシップもなくなり愛情も薄れた気がして ただのルームメイ

『千夜千字物語』その40~品行方正

「遊園地デートなんてどう?」 昼間の方が何かと都合もいいし気持ちにセーブをかけられると思い 「それでいいよ」と返事をした。 好意を持っていた彼からの誘いは嬉しかった。 二つ返事で答えたかったけれど罪悪感が躊躇させた。 それでも承諾したのはよくよく考えてのことだった。 快適な家、贅沢な食事、自由な時間を与えられ気にもかけてくれる。 大事にされていると結婚したての頃はそう思っていた。 でも最近それが違うとわかった。 遊園地では二人とも年甲斐もなくはしゃいだ。 こんなにも騒いだ

『千夜千字物語』その39~陰キャ

「あと一人」 街頭調査のノルマまであと一人がなかなか捕まらない。 かれこれ3時間が経とうとしていた。 すると向こうから見るからに陰キャの男性が歩いてきた。 ヒマリが声を掛けると、 周りをキョロキョロ見回し自分の顔を指差した。 「調査に協力してくれませんか」 「い、いいですけど」 そう言うと、ヒマリは胸をなでおろして 「ありがとうございます!」 と彼の手を取り両手で握手した。 彼は嬉しくなってもう片方の手を添えて強く握り返した。 というのも、 彼はどこへ行っても存在感が薄く 彼

『千夜千字物語』その38~あの時

「シフト代わってもらえません?」 「無理無理、18時以降はダメだって知ってるじゃん」 マサキはここ1年ずっと用事があるからと 18時以降のシフトには入っていない。 あまりにも特別扱いされているので ハルが店長に何度か文句を言ったこともあるが、 「人一倍やってくれるからな」 でいつも片付けられてしまう。 それでもバイト仲間は納得してなかった。 バイトにとってシフト交換は当たり前の行事で、 ある程度融通が利くものとして 当てにしているところがあるからだ。 ハルもそんなマサキにウン

『千夜千字物語』その37~憑依

「無視すんなよー!」 リクの呼びかけにマコは顔も向けなかった。 ただあまりにもしつこいので 人混みを避けて路地に入ると、 ようやくリクを見て言った。 「私しか見えないんだから人前で話なんてできないでしょ!」 知り合って半年が経とうとしていた。 出会いはマコが見たことがある顔だと思いリクを見たら、 その視線を逃さずリクから声を掛けたのが始まりだった。 マコはナンパだと思い無視していると、 店のウインドウにリクの姿が映っていないことに気付いて リクは“見えない人”というのを知っ

『千夜千字物語』その36~スカート

「もう最悪!」 走ってきた男に突き飛ばされたうえ 水溜りに尻もちを突いてスカートは水浸しになるわ、 デートに遅刻して彼は不機嫌でもう連絡すらない。 「大体ぶつかって謝りもしないって最低!」 リョウコの愚痴は止まらなかった。 それを聞いて友達のレナは 「だから言ったじゃん。あのスカート呪われてるって」 そうは言ってもリョウコはあのスカートがとても気に入っていて、 「勝負になるとどうしても穿きたくなる」 と言った。 リョウコに大きなチャンスが舞い込んできた。 たまたま見た彼女の

『千夜千字物語』その35~引退試合

「今度サキに彼氏紹介するね」 そう言ってくれたのはSNSで知り合ったアオイだった。 彼女とはバスケ部のマネージャー同士ということで 意気投合して仲良くなった。 ほどなくしてアオイから彼氏のハルトを紹介された。 彼はアオイと同じ学校のバスケ部で同い年。 実際の顔も素性もわからないけれど、 3人でのやり取りは 時間を忘れるくらい楽しいものだった。 バスケ部のマネージャーになったのは 好きな先輩がバスケ部にいたからだった。 彼女がいるのはわかっていたけれど、 傍にいたいからとマ

『千夜千字物語』その34~ユートピア

“穏やかな人生を「ユートピア」”という看板が掲げられているここは、 謳い文句通り不安定な現代社会に疲れた人が 穏やかな人生を過ごせる異空間の世界。 未来が見えなく不安しかない今、 連日入園希望者が絶えない。 「入園ご希望ですか?」 支配人がその女性に尋ねると、 「特に夢も希望もあるわけではないので」 と答えた。 「ご希望があれば理由はどうあれ お断りすることはございませんので、ご安心ください」 支配人はそう答えると、園の説明を始めた。 この園の最大の売りは環境。 常に温暖

『千夜千字物語』その33~結婚式

ある晴れた日の教会での結婚式。 賛美歌が響き渡り、 いよいよ誓いのキスという時、突然扉が開いた。 そこにはサングラスにヒゲ面の男が立っていた。 室内に光が飛び込み皆が一斉に扉の方へ顔を向けると、 その脇を新婦が駆け抜け そのまま扉の前に立つ男と外に消えていった。 皆はあっけに取られ何が起こったか理解できないまま、 微動だにしなかった。 二人は車に乗り込み素早く車を出した。 男は付け髭をとって言った。 「結婚式なんて聞いてないぞ!」 「言ってないからね」 「儲け話かあるからっ

『千夜千字物語』その32~偶然

マイコが大学の帰りに友達とカフェでお茶をしていると、 どこかで見たことのある人が店に入ってきた。 初めは思い出せなかったのだが、 後から数名の外国人が合流したところである人を思い出した。 ただこんなところにいるはずもなく、 他人の空似だろうとまた友達との話に興じた。 家に帰ると玄関に見知らぬ靴があった。 リビングに入ると、 そこにいたのはカフェで見た男性だった。 マイコが驚いていて母親にカフェでの出来事を話すと、 母親は少し安心したようにその男性を紹介した。 「友達の息子さ

『千夜千字物語』その31~バベルの塔

2043年、東京都は100周年迎える。 そこで東京都は新宿公園にバベルの塔を建てようという計画を企画した。 参加者の条件は東京都在住であること。ただこれだけ。 早速東京都は東京都全地域で募集を開始した。 第一次では1000人。その後工事が進めば 二次、三次と募集していくことにした。 募集してから1ヶ月、応募者はわずか2名。 100周年のメイン行事ともいえるこの企画が このままでは大失敗に終わってしまうということで、 東京都とは苦肉の策としてバベルの塔完成の暁には 参加者全

『千夜千字物語』その30~単純明快

「ヨウコのことが好きなんだ」 ヨウコは一瞬空いた間を埋めるように 「やめてよー」 と笑って返した。 それでもフミトは真剣だと言った。 そんなことは言われなくても彼を見ればわかってた。 ただ冗談であって欲しいとの思いから笑って返したのだ。 できるならヨウコはこの関係をずっと続けたかった。 だからこそ前々から、 今はそれなりに幸せだし、今の生活をずっと続けて生きたい ということを幾度となくフミト伝えてきた。 そう言えば彼が告白なんてしてくるはずがないものだと思っていた。 なぜな

『千夜千字物語』その29~記憶障害

ガラリアグループの会長が亡くなった。 尊敬する最愛の父を失った哀しさに、 息子のトムは酒浸りになっていった。 ある日トムは、ソファから飛び起きて 辺りを見回していた。 その様子を見て妻のアンは、 最近覚えてないことが多くなったから 病院で検査を受けてきて、 疲れたのかそのままソファで横になってたと告げた。 そして診断の結果は記憶障害で、 おそらく父親の死がストレスとなっているから しばらくは家で療養をしたほうがいいと医師に言われたと。 初めは信じられなかったが、 医者がそう