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『千夜千字物語』その30~単純明快


「ヨウコのことが好きなんだ」
ヨウコは一瞬空いた間を埋めるように
「やめてよー」
と笑って返した。
それでもフミトは真剣だと言った。
そんなことは言われなくても彼を見ればわかってた。
ただ冗談であって欲しいとの思いから笑って返したのだ。

できるならヨウコはこの関係をずっと続けたかった。
だからこそ前々から、
今はそれなりに幸せだし、今の生活をずっと続けて生きたい
ということを幾度となくフミト伝えてきた。
そう言えば彼が告白なんてしてくるはずがないものだと思っていた。
なぜならそれは関係を壊すことにしかならないからだ。
彼もそれはわかっていたにもかかわらず、
その行為に及んだことはとても残念でならなかった。
その夜ヨウコは、久しぶりに眠れなかった。

フミトとヨウコは学生からの付き合いだった。
とはいってもグループ内の付き合いで
特別な関係ではなかった。
ただ年と共に皆が結婚していく中で、
二人だけが残ったことがきっかけで急接近していった。
以来仕事のことも恋愛のことも
互いに包み隠さず相談するほど親密度は増し、
その関係はヨウコが結婚してからもずっと続いていた。
フミトが告白するまでは。

あれから3カ月。
二人は会うことも連絡をとることすらなくなった。
ヨウコは初めて寂しさに襲われた。
彼でしか埋められない心の穴を
せめて告白した理由で埋めたい。
そんな思いでしばらくぶりに彼に電話を掛けた。

「手を見れば握りたくなるし、ヨウコ見れば抱き締めたくなった。
 ただそれだけの理由だよ」
彼はそう言った。
もちろんキスがしたい、セックスがしたい、結婚したい、
そんなことを思わないといえば嘘になる。
でもそれよりも目先の欲望を抑えられなくなったとも言った。

ヨウコは結婚して守るものができて、
恋することがそんな単純なことだったことを忘れていた。
会いたいから会う、キスがしたいからキスをする。
以前まで恋愛はもっと気持ちに素直でいたことを思い出した。
お互い大人なんだからその先のことはまた考えればいい、
そう思ったら無性に彼に会いたくなった。

「これから会えないかな」
「オレも声を聞いたら会いたくなった」

待ち合わせ場所で待っていると、
遠くから彼の姿が見えてきた。
短くて長く感じた3ヶ月。
傍にいない日々がとても苦しかった。
あの胸に飛び込みたい、
そう思ったらヨウコは彼の元へ駆け出していた。
「会いたかった!」
どちらともなくそう言って抱き合った。

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