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僕のお手本【短編小説】1200文字

白くて甘いもちもちした空気を吸い込む。毎朝の日課だ。
「おばあちゃんのとこ、持って行くね」
金色の小さな器に炊き立てご飯を小さくこんもりと盛る。
お母さんがやっていたことを、今では僕もできるようになった。
縁側に面した廊下を歩いて奥の和室に向かう。
カーテンの隙間から差し込む日差しで、もう廊下が所々ほんわかしている。

和室には小さな仏壇が置いてあって、僕は中にある写真の前にご飯を置き、昔、おばあちゃんがやっていたように強くりんを鳴らした。
りんの音が響く中、僕は同じ和室にある三面鏡の前に座った。
これはおばあちゃんが結婚した時にもらった物らしい。
深い緑色の大理石みたいなもので作られていて、引き出しの取っ手には金色の金具がついている。
外国の家具みたいで、この和室、いや、この古い家のどの部屋にも馴染んでいないから、送り主のセンスを疑ってしまう。
けど、僕は好きなんだ。この前に座ると、僕たちの時間が流れ出す。

今日は1限目から算数のテストがある。
算数は公式を使うような文章問題が苦手だ。
そもそも公式が覚えられない。ひし形の面積は・・・
「小学校で習う基本的な公式は35個ぐらいさ。1日1個覚えれば、1ヶ月ちょいで覚えられるさ」
左京さきょうくんは頭がいい。
勉強ができるだけじゃなくて、物知りだ。
僕にいろんなことを教えてくれるけど、その分、学校ではよく図書室に付き合わされる。
真一しんいちくんは休み時間は体育館に行きたいようだけど。

真一くんは体育が得意だ。
特にこの時期はいつも以上に体育の時間になると張り切りだしてしまう。
プールが始まるからだ。
泳ぐことが好きで得意な真一くんは、よく模範として先生に呼ばれ、みんなの前で泳ぐことがある。ちょっと恥ずかしいんだけど。
雨でプールがバスケにでもなろうもんなら、やる気を失った真一くんの代わりに僕がコートをがんばって走らなきゃならない。
「バスケも好きだけど、プールだって思ってたからショックじゃん」
あまりに疲れると、右京うきょうくんが代わってくれる。

右京くんは優しい。
僕だけじゃなくて、周りをよく見ている、気遣いができるタイプだ。
先生が手伝って欲しそうなときに駆け寄ることができるから、個人懇談の時によく褒められるって、お母さんが嬉しそうに言っていた。
困っている人を見ると何かしてあげたくなるらしく、雨の日は1年生が玄関で合羽を脱ぐのを次々に手伝ってしまい、教室に入るのが遅くなる。
「アキラだって1年生の頃があったんだよ」

「アキラー、朝ごはーん!」
スリッパで廊下をぺたぺたと歩く音がする。
「左京くん、真一くん、右京くん、今日もよろしく。左京くん、算数のテストお願いできる?」
左京くんが首を傾げた。OKの合図かな。

僕は立ち上がり、りんの余韻が消えた和室を出た。

(1,148文字)

ちなみに、ここに出てくる三面鏡は実家にあるものまんまです。
和室ではなく、脱衣室に置いてありますが。
西洋アンティークのような風貌で、座るとお姫様気分になれます。

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