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1泊の検査入院 | 日日雑記 / Sep.10

ちょっとした検査が必要で、1日だけ入院してきた。
入院は、去年、心臓を患って入院して以来だ。1年ぶりの病室はどこかしら懐かしさすらあった。
病室の設備はどれも勝手知ったるものだ。看護師さんたちの手を煩わせることもない。手続きが済んだ後はテキパキと部屋を整え、「さすがに慣れてますね」と言われた。喜ぶべきかどうか迷うが、看護師さんたちに悪気はない。ここは褒められたと受け取るべきであろう。

病気は個人的なものだ。受け止め方や重さ軽さも患者それぞれ違う。だが、医師や看護師たちにとっては日々繰り返される日常でしかない。器にご飯を盛り、唐揚げを詰めていく弁当屋のおばちゃんの心持ちと似たようなものだ。だが、彼らに職業的無機質さはない。彼らには病院という場所の特殊性が染み込んいる。人を相手にするために必要なことを無意識にできるようになっているのだろう。

1時間ほどかけてデータを取るための端子を身体中につけられた。頭の先から足首まで、いったい何箇所あるんだろうというほど、全身から細いケーブルが伸びる。まるで全身を地面にくくりつけられたガリバーみたいだ。
「あとは一晩眠っていただくだけです」と言われても、これでは身動きひとつするのも大変だ。
検査に備えて寝不足のまま病院に行っていたのだが、眠る自信はまったくなかった。

うつらうつらして2時間ほどが過ぎたところで目が覚めた。まだ夜の10時を回ったところだ。目は冴え、意識もはっきりしている。いい昼寝をした後のような爽快感すらある。これではこの先眠くなりそうもない。
看護師に睡眠導入剤を用意してもらい、1錠だけ飲む。だが薬の効果はやはり2時間ほどしか続かなかった。

昨年、不整脈の発作を起こしたとき、全身麻酔をした。
除細動器で一旦心臓の動きをリセットするためだ。
気化した麻酔薬を吸わされ、医師に「声を出して数を数えてください」と言われた。
「1、2、3、4……」と声に出してゆっくり数えていく。
数字が20を超えたところで医師に「まだ大丈夫ですか?」と言われた。
僕は半ば揺らぐ意識を集中させ「大丈夫です」と答えた。
そして数字の読み上げは続き、50まで進んだとことで「先生、これはいくつまで数えればいいんでしょう」と尋ねた。
通常は20に行かないうちに意識を失うのだと、後で聞いた。僕がむやみに頑張っていたのは不必要な努力でしかなかった。

何れにしても麻酔や睡眠薬が効きにくい体質のようだ。
だから睡眠導入剤を飲んで2時間で目が覚めてしまっても驚かなかった。
朝5時に検査が終わるまでの4時間。長かった。心臓にカテーテル入れた日の方がずっと楽だったと思うほどだった。

やがて検査が終わり、シャワーを浴びて、僕はまだ活動を始めていない病院から退院した。正面玄関すら開いていない。出口は守衛のいる通用口だった。
自宅に戻ったのは午前6時。
ただの朝帰りのようだった。

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日記をただ日記のように書くのは面白くないなあと、だったら小説風に書いたらどうなるんだろうかと、試してみた。
いま、チャンドラーの文体を身体に入れようと練習中。どこかにちょっと女々しさのあるこざっぱりとした短文を会得できたら嬉しい。

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