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13階段

13階段といっても絞首刑の台に登るための数ではない。ぼくが生まれ育った家の話だ。

狭い都会の家にありがちな曲がり階段が、ぼくの育った家にはあった。
玄関の扉をあけてすぐのところ。たたきから階段は始まり、3段目で右に曲がる。4段目は90度右に曲がる中間地点だ。

ぼくの使っていた部屋は二階の手前側。5段目に足がかかって、からだが正面を向いたところで、廊下の天井から下がった灯りを見上げる。上をカットされたエッグスタンドのゆで卵を逆さに吊るしたようなシェードの下から明るくも暗くもない60ワットの白熱灯の光が見えた。

狭く短い廊下は、本来は物干し台へ繋がる通路としての廊下であったのだが、やがて物置として雑多なものが押し込まれるようになり、部屋に収まりきれなくなった書棚が2本、壁に寄せて並んでいた。
中には父親が買い与えてくれた2セット分の百科事典や、児童文学全集、絵本などが並んでいた。

さらにその奥には、幾つもの段ボール箱に挟まれるように、皆既月食を見たのを最後に使われなくなった反射式の天体望遠鏡が押し込まれていた。
小学生の子供にどうして反射式の天体望遠鏡など買ってきたのか、理由を聞き損ねたままだったことに気づいたのは、父がこの世を去ってからのことだ。

僕はただ月が見たかっただけで、何の変哲もない入射式のオーソドックスな望遠鏡で十分だった。
何より覗き込む位置が前側に来る反射式の望遠鏡は、小学生の僕にはポジションが高すぎて、ビールびんのケースにでも乗らなければ覗くことができなかった。皆既月食以降、すっかり天体望遠鏡に興味をなくしてしまったのは、反射式の望遠鏡だったからだと今でも思っている。

もし入射式の望遠鏡であったなら、さほど大きくも見えない月の様子に想像力を膨らませ、もっと良く見たいとか、宇宙の不思議にのめり込んで、僕は違う道へ進むことになったかもしれない。
どうせ見るのなら、息子によく見える大きな望遠鏡を買ってやろうと、多分多少の無理をして父は僕に望遠鏡を買ってくれたのだろう。だが結果は13階段を上がった先、廊下の突き当たりで長い眠りにつくことになった。

人生の岐路は親が良かれと思ってやったことでも、たかだかビール便ケースの有る無しによっても変わる。先に立って引っ張ってやろうというのは往々にして期待通りの結果には繋がらないものだな、と今になってわかる。

13段の階段で想像するのは、どうしても絞首刑の死刑台を避けられない。
夜中、階下のトイレに行った帰り、ぼくは階段の数を数えながら二階へ戻り、そのたびに死刑を宣告され、執行に臨む囚人の心のうちを想像することになった。
それがたまらなく恐ろしい時もあれば、因果応報という言葉が浮かぶ時もあって、でも毎度、階段を登ることは誰かの心の内を想像することと結びついていた。

心臓の手術で入院している時、久しぶりに弟に会って「あの階段、13段で嫌だったんだよな」と話したら、弟は「14段だったじゃん」と言う。
ぼくは1段目から始まって、4段目が曲がり角で、と視界の様子や、汚れでべたついた時の感触を振り返って説明するのだが、弟は頑として「あれは14段だった」と言って譲らない。

「だってさ、13段目のあと、14歩目はどうしてた?」と弟は言う。
「そんなの廊下に決まってるじゃん」
「14歩目は廊下と同じ平面になる段でしょ? だから14段なんだってば」
手術後でいくらか弱っているぼくに対してでも、弟に容赦はない。

「あれって14段目なの? 廊下じゃなくって?」
「死刑台だって最後まで登らなきゃ首にロープ巻かれないでしょ。うちの階段は14階段だったんだよ」

弟は「いっぺん心臓止まっておかしくなっちゃったのかと思ったよ」と呆れながら帰って行った。
病室のベッドで14段目と廊下を区切る境界線のようなものがあったのかと、家の様子をもう一度思い出して見た。

廊下に貼られた板は階段から奥に向かってまっすぐに長く伸びている。
それに対して階段の一番上は、廊下を伸びる板の侵食を止めるように、他の階段の板と同じ方向に、廊下の長手方向に垂直に渡してあった。
そうか、あの横に渡された板は廊下ではなく、階段だったのか。
階段を登りながら想像していたことの馬鹿馬鹿しさに、ぼくはベッドで声を出さずに笑った。

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