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夢現(ゆめううつ)#5


ハァハァ

急いで走ったので
息が整わない

手前で、足を止め
深く大きく深呼吸して
平静を装う


弟を動揺させないように
いつものお姉ちゃん
いつもの上級生で
いなければと
とっさに思ったのだ

当時は自覚などありません
本能的にそのような行動を
取っただけでしたが
今になって思い返せば
わずかな期間に
年長者としての
自覚が芽生えており
世話役の意義を
改めて感じたものです


泣いている弟の前に
かがんで

「なぁーな」
「どうしたの?」
「何で泣いてるの?」

そう尋ねると
泣き止みかけていたのに
私の顔を見て
「うわぁぁぁーん」と
大泣きになってしまった。

背中とんとんして
そぉーっと、さすってあげた
家ではこうして慰めるからだ

ひとしきり泣いたら気が済んだのか
やっと、鼻水をすすりながら
話し始めてくれました

嗚咽でヒクンヒクンしながら
前後しつつ
話したところによると


5時間目が体育だから
準備しておこうと
ローカの壁面にかけた
体操着を取りに来たら
「ななお」のだけが
無かったんだそうな

教室やら机の中やらお友達が
一緒に探してくれて
何回もローカと教室を
探し回り往復したのに
どこにもなくて
いよいよ
泣きそうになったところで


あれだけ探してもなかった
体操着が突然いつもの場所に
降ってわいたように
掛かっていたんですって



無くなった怖さから
一転


安心はしましたが
理解できない
事象に泣き出して
しまったようでした

そんな話を
行きつ戻りつ話す中
弟の話す横から
別の一年生もサラウンドで
大声で話す(笑)


同時にいくつもの話を
聞き分けなければならない
一年生あるある

内容はともかく
「あのねあのね」と
話す可愛らしさは
愛らしいものです


私たちのクラスは
お世話をしている
一年生の丁度
真上に位置していました

上下関係を
明らかにすると同時に
すぐに対応できる距離と

よく考えてあり
昔の人って本当に
工夫とか
知恵とかが秀逸です



一年生が4~5人で
うろうろと
探し回っているときに
ばつの悪そうな顔で
○○さんが後ろ手に
体操着を隠して
降りてきたのを
他のクラスの子が
見ていました

例の差別区域に住んでいる
○○さんです
その年、私とは
同じクラスでした

「ななお」たちが
教室に探しに
引き返した、そのすきに
サッと体操着をかけると
そのまま靴を履き替え
校庭に
走り出ていったとのこと

愕然としました
確かに4時間目、私たちは
体育の授業でした

まさか・・
いや、恐らくですが
体操着を忘れた○○さんは
よりによって
私の弟の体操着を拝借し
授業を受けたのでしょう

美しい容姿をしていても
小柄でガリガリに痩せている
○○さんだったら
一年生の体操着でも
入ったのかもしれない


それでなくとも
いつも、ぶかぶかだったり
寸足らずだったりと
サイズの合わない体操着や制服など
私を含めて
「おさがり」を流用する時代でした

現代のように新調してもらえるなんて
裕福な家の子だけで

多少サイズが合わないことなど
日常茶飯事で
誰も気にも留めていませんでした

不快な気持ちにはなりましたが
取りあえずは見つかったので
一件落着と子供心に
終わったつもり
だったのです

しかし、違いますよね
返したとはいえ
「盗み」を働いたのです
これを容認すると
今後、どのような
悪影響を及ぼし
更には
エスカレートしかねません


大人たちが話していた言葉の
「盗み癖は一生なおらん」
に恐れを抱く

それでも、所詮は子供
そんなに大それたこととは
自覚していなかったし
私たちには
どのような処置をしたのか
細かくはわかりませんでした

ただ、それから物が紛失することは
ありませんでしたので
私たちは
いつとはなしに記憶の片隅に
追いやっていましたが

大人は違います
学校から事の次第を
連絡で知った母は
体操服を
買ったばかりの新品なのに
捨ててしまいました

ゴミ箱に突っ込む際に
小声で「汚らわしい」と
呟いていたのです

そんな捨てたはずの
弟の体操着は補充されていましたので
恐らく
弁償してもらったのだと思います

こんなことから差別集落の
人たちとは、ますます
距離ができてしまいました



後の話ですが
彼らは中学を卒業

要するに義務教育が満了すると
どこへともなく就職と称して
いなくなりました

変な話ですが
隔離されたように
ある一定区域に
住まわされていましたが
そこを出てしまえば
出自を問われることはない

逆に容姿の良さから
一定以上の評価を
受けられたのではないかと
推測されるので

そんな目的もあり
差別からの脱却を図るためにも
他県へ就職していったのだと
思います

大人になり、たまたま
○○さんを見かけた折は
裕福そうな装いでふっくらと
していました

幸せな生活をしているのだと
わかったので、声はかけませんでした
思い出したくない「差別」の
記憶でしょうからね

毎日の重ねから私なりの 「思い」を綴っております 少しでも「あなたの」琴線に 触れるものがあれば幸いです 読んで下さり、ありがとうございます