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#椅子取りゲーム

うんざりする。

座って静かに買ったばかりの本を読み進めたい。立って読むくらいなら、吊革を掴みじっと耐えるのみだ。色々な人間の疲れが吹き溜まるような、電車という乗り物。車掌や係員の根性と乗客の気遣いで成り立つ、数百円で乗ることができる、稀有なアトラクションだ。

そんな心持ち、仕事帰りの電車、乗り込んだばかりなのに、目の前の端っこの席が空いている。走って取りに行くなど滑稽だ、落ち着いてゆっくりと座った。既に違和感を感じる。右隣の男が肘を突き出し、俯いたままだが、私が席で座り直そうとするのを拒んでいる。彼の左脚も、座ったばかりの私に余計に突き出されているように見える。

座席から上の網棚まで伸びる、彼との間にせり出した大きな手すりを私は右手で掴む。左側に席は無く壁のみで、それに寄りかかるようにして反動をつけ、右側の男が揺れるほどに座り直す。私の右脚は彼の左脚を押し返し、彼は声も出さずに狼狽える。私は梃子でも動かない。ここまでくれば私は菩薩のように硬化し、仏の顔で読書をする。彼の肘はどこへともなく消え、嫌がらせは止んだ。


帰ってからも、奥様に共感されることなく狼狽えるがいい。