線でマンガを読む_-_コピー

『15時17分、パリ行き』 世界最強の男の映画

最近、ジジイたちがアグレッシブだ。77歳の宮崎駿が短編映画『毛虫のボロ』を完成させた。80歳の大林宜彦は超アヴァンギャルド映画『花筐』を撮った。そして、海の向こうにも活発なジジイがいる。今年87歳を迎える、クリント・イーストウッドだ。

ご存じのように、イーストウッドは世界最強の男だ。彼は街を牛耳る無法者と戦い、ドイツ軍のタイガー戦車と戦い、いかれた連続殺人犯と戦い、年を取ってからは軍曹として若い兵士たちを鍛え上げ、再度、街の無法者と戦い、宇宙に飛び立って地球の危機を救った。他にも彼の最強伝説は無数に存在する。そして格好良い。『荒野の用心棒』(1964)や『戦略大作戦』(1970 ※私はこの映画がとても好きだ)といった若いころのイーストウッドも格好良いし、最近の、監督業に専念する姿も格好良い。そんなイーストウッドが、「お前ら、最強で格好良いこの俺が、すげえもん見せてやるから来いよ」と言ったら、ついていくしかないだろう。『15時17分、パリ行き』はそんな感じの映画だ。いや、すげえものを見た。

『15時17分、パリ行き』は、2015年8月21日にパリ行きの列車のなかで発生したテロ事件に立ち向かった三人の若者を描いた映画だ。その若者については、俳優を使わず、実際にテロ事件に巻き込まれた本人たちが出演していることが話題になっている。しかしながら、列車のなかでの事件の全容が描かれるのは、映画の最終盤になってから。それまでは、犯行直前のテロリストの様子が断片的にインサートされるに留まる。イーストウッドは、映画のはじまりから後半まで、件の列車に乗ることとなった若者たちの半生を執拗に追ってゆく。

ハリウッド映画の脚本にはフォーマットがあって、基本的にはそれに従い、盛り上げどころを映画の各所に配置してゆくという仕組みになっている。しかし、イーストウッドはそのフォーマットをビリビリと破り捨てる。セオリー通りにはやらない。「お前ら、こんなもん、もう飽きただろ?」とでも言うかのように。では、ハリウッド・スタイルを無視したイーストウッドがどんなことをやったか。これに度肝を抜かれた。イーストウッドは全部やった。何を? いろんな映画を、だ。

はじまりは、三人の若者の子どものころの話。落ちこぼれの彼らがいかにして友情を育んでいったかが、叙情的に描かれる。まるで『スタンド・バイ・ミー』のようなジュヴナイル・ストーリーだ。そして時がたち、彼らのうち、ふたりは軍隊に入ることとなる。少年時代の主人公の部屋には、スタンリー・キューブリック監督の戦争映画『フルメタル・ジャケット』のポスターがでかでかと貼り付けてあった。そう、ここからは、『フルメタル・ジャケット』のオマージュの軍隊物語がはじまる

『フルメタル・ジャケット』には太っちょで不器用な訓練生がいて、落ちこぼれたあげく卒業する前に自殺してしまう。『15時17分、パリ行き』の主人公のひとりも、図体がでかく、とある理由で希望した部隊に入れず、モチベーションを失って落ちこぼれてしまうのだが、彼は死なない。落ちこぼれつつもなんとか頑張って訓練に臨んでいる。

そして、休暇を利用し、久しぶりに三人集まって旅行することになった彼ら。行先はヨーロッパだ。ここで観客は思う。「ああ、それでパリ行きの列車に乗るのか!」と。しかし、イーストウッドは彼らをパリ行きの列車になかなか乗せない。ローマに行ってトレヴィの泉にコインを投げたり、観光に来ていた可愛い女の子と自撮り棒をつかって記念撮影したり、ドイツに移動してビールを飲んだり、その後、アムステルダムのクラブで楽しく踊ったり、ヨーロッパ旅行を満喫する。こいつら、ぜんぜんパリに行かねえ…と不安になるが、このヨーロッパ旅行の様子がとても楽しそう。気づけばいつの間にか若者たちのロードムービーになっているのである。そして、さんざん旅を楽しんだのち、件のパリ行きの列車に乗り、テロリストとの戦いがはじまる。ここからは、サスペンスアクションが折衷されたような映画になる。

また、最初に触れたようにこの映画は実話をもとにしていて、主役の三人は俳優でなく、事件に遭遇した本人たちなのだ。だから、そもそもこの作品はドキュメンタリー映画だ。このように、『15時17分、パリ行き』はさまざまなジャンルの映画を組み合わせた異色の作品となっている。よくこんな構成で一本の映画が完成したものだ、と感嘆する。

イーストウッドは何故こんなことをしたのか。それは、単にテクニックを見せつけるためではない。ドキュメンタリー映画をベースとし、そのうえで語られる、ジュブナイル・ストーリー→軍隊物語→ロードムービー。その変遷をへて、パリ行きの列車に乗ったころには、私たち観客にとっても、主人公たち三人が旧知の友達か親戚に思えるほどの親近感を抱く存在となっている。だからテロリストとの戦いが、手に汗を握る迫真のものとなる。イーストウッドが派手な演出を求める観客を我慢させ、さまざまな手練手管を用いて主人公たちの半生をじっくりと綴ったことが、最後になって抜群に効いてくる。こんな破天荒な映画なのに、無駄なものは何ひとつなかった。そう気づく瞬間がやってきて、私は感動した。主人公のひとりが言う。

「自分でも分からないけど、運命に押されている気がする」

三人の若者は、運命、と呼ぶしかない巡り合わせによってあの日、あの列車に乗り込み、多くの命を救った。そして、その運命を、ただの再現VTRにせず、こんなに力強い映画として結実させたのは、世界最強で最高に格好良い、イーストウッドの剛腕と、彼に満ち溢れるゆるぎない自信である。

「ハリウッドのセオリー? そんなのは忘れろ。この半世紀、映画界の主役は、最強で格好良いこの俺だ。俺が今まで見たことないすげえ映画を見せてやるって言ってるんだ。だから見ろ」

イーストウッドの背中はそう語っている。

write by 鰯崎 友

『15時17分、パリ行き』監督:クリント・イーストウッド 2018

【おまけ】この映画も不朽の名作です!

『戦略大作戦』監督:ブライアン・G・ハットン 主演:クリント・イーストウッド 1970

この記事が参加している募集

コンテンツ会議

読んで下さりありがとうございます!こんなカオスなブログにお立ち寄り下さったこと感謝してます。SNSにて記事をシェアして頂ければ大変うれしいです!twitterは https://twitter.com/yu_iwashi_z