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アメリカでデザイナーを採用した時のプロセスと考えたこと

2022年もあっという間に年の瀬を迎え、大寒波で氷点下15度のNYにて、今年やったことのまとめを書くべく重い筆を執っている。
昨年8月に米JPモルガン・チェース銀行にデザインストラテジストとして採用され、今年は1年通してアメリカの大企業で過ごした初めての年になった。

アメリカのメガバンクのデザイン・ストラテジーという部署で、数年から数十年先の技術や経済、社会の未来を夢想し、それをデザインの力を通じて可視化することで、新しいビジネスモデルを社会の仕組みレベルから思索したり、今のプロダクトやサービスが目指すべき北極星となるようなビジョンを提示したり、またそうした文化を組織全体に醸成したりすることが仕事だ。

まだアメリカでも珍しい、ビジョンデザイナー、トランジションデザイナー、デザイン・フューチャリストなどとも呼ばれる職能で、より詳細な仕事内容は夏に日本に帰った際にロフトワークさんに詳しく取材して頂いたので、興味がある方は下記の記事を参照して頂ければと思う。

今年はこのビジョンデザインを組織内でもっと広げるべく、デザイナーの採用にも関わった。母校のパーソンズ美術大学で採用イベントを開催したり、多くのデザイナーの面接を行い、結果として自分がマネージする若手のデザイン・フューチャリストを採用できた。本記事では、その経験を振り返り、アメリカでデザイナーを採用した時のプロセスと知見を書き残しておく。

パーソンズ美術大学での採用イベント。100名以上の現役学生が参加してくれた。

今年、アメリカではコロナや戦争に端を発する中長期的な投資不安から、じわじわと不況の波が押し寄せており、下期にはMetaやAmazonなど、メガテック企業が相次いで採用凍結・リストラを発表し、シリコンバレーを中心とするテクノロジードリブンの技術イケイケ文化が変化しつつある。

レイオフのあった企業のまとめサイトLayoff.fyiでは、誰もが知る有名テック企業の名前がずらり

しかしそれは目下、デジタルトランスフォーメーションを推し進める我々銀行にとっては、優秀な人材を獲得するチャンスでもある。そして何より、この不確実な時代には技術よりも人間や社会を見つめ、望ましい未来を思索できる人材がもっと必要だ。だから我々のチームでは、こうした状況下においても積極採用を続けていた。リストラが生み出す人材のダイナミズムは実にアメリカらしいところであるし、リストラというと負の側面が強調されるが、それを機に積極採用する業界もあるということも知っておきたい。

1. Linkedinに募集を出す

ということでここからは自分のチームが採用したデザイン・フューチャリスト採用プロセスに沿って、どういう視点で応募者を絞っていったかについてまとめていきたい。

まず初めに、自分のチームで誰かを採用したいとなったら、募集要件をLinkedInなどのプラットフォームに掲載し、応募者を募ることが必要だ。アメリカではジョブ型採用なので、会社の人事が一括で人材をどかっと雇うことは基本的には無い。各チームがそれぞれの判断で、ビジネスの拡大や、誰かが転職などで抜けた欠員を補充するために新たな人材を採用することになる。
自分たちがこういう理由で人を雇いたいという要求を上げ、予算を確保し、募集をかけ、面接をし、オファーを出すところまで、全て自分のチームで責任を持って行う必要がある。

例えばLinkedInで自分の所属するJPモルガン・チェース銀行を調べると、一括の応募窓口があるのではなく、各チームがそれぞれ掲載している異なる役割・職種の募集要件がずらっと出てくる

自分たちが欲しい人材の要件を洗い出す

そこで、採用プロセスの最初にやるべきことは、自分のチームの中で徹底的にどういう人材が必要なのかを話し合い、文章化することである。

・そもそも今人を雇う必要があるのか?
・どういう能力が今自分のチームに足りていないのか?
・組織が拡大したビジョンは?

こうした問いをチーム内で議論し、採用サイトに載せられるように必要な人材像を具体的に文章化する。例えば私のビジョンデザイナー、デザイン・フューチャリストという仕事も、局面に応じてリサーチが必要な時もあれば、プロトタイプを作る時もある。また未来のビジョンと現実のビジネスを適切に橋渡すために泥臭くビジネスチームと折衝したりナビゲートしていくことも必要になる。そうした中で必須のスキル、あるとよいスキルを分類しながら箇条書きに明示していく。

自分はチェース銀行の最初のビジョンデザインの専門家として採用されたので、そうしたことを全て1人でやらなければいけなかったが、何ヶ月か働く中でプロジェクトの進め方やものごとの動かし方を体得し、自分のチームにこんな人がいてくれたらなぁ、また自分が苦手なここを補ってくれる人がいたらなぁ、ということが見えてきた。
特に英語ネイティブではない私はまだまだこちらのビジネスパーソンを相手にしたファシリテーションやネゴシエーションに課題を感じており、もちろん自分でも改善は続けているが、金融プロダクトの知識が豊富でファシリテーションに長けた人と仕事を分担できるとよりプロジェクトを加速できるのに、などと思ったりする。そうしたことを正直にチーム内で共有し、補うべき人材像を具体化していく。良い人材を採用するためには、まず自分たちの中で必要な人材を具体化できているかどうかが最も重要だ。

Makerか、Thinkerか?

その過程でよく議論されるのが、Makerか、Thinkerか、という問いだ。
現在は「デザイナー」といってもその射程は幅広く、例えばビジュアルデザイナーなのかサービスデザイナーなのかではスキルセットはかなり異なる。しかしいきなりそこまでの具体的なレベルまで要件を詰めることは難しいので、採用検討初期段階では、手を動かして作る技術に長けた人(Maker)がほしいのか、もっと形のない段階でのビジネスモデルやサービスの構想に長けた人(Thinker)がほしいのか、両方のスキルがデザイナーには求められるのだが、ざっくりと求めるデザイナーの方向性を明らかにしておくとその後、候補者にインタビューをする際や最後の決断に役立つ。

そうして自分が実際に募集に出したFutures Strategistという職種の要件がこちら。
とんでもなく長い。現在はこのポジションの採用を終了したため、公開していない。

2. レジュメの選別

上記の流れを経てLinkedInで募集をかけると、ほどなくして志望者からレジュメ(履歴書)が送られてくる。はっきり言って採用は8割方、募集要項を作る部分で決まる。精度の高い要件が作れれば相応のデザイナーがすぐに応募してくれる。一定数貯まるまで待つのではなく、来た順にフィットしそうな候補者をスクリーニングしていく。

こういうのがレジュメ。デザイナーのレジュメのサンプルは以下にたくさん例がある。

学歴は見ない、職歴を見る

レジュメの情報だけではその人が本当にフィットするかどうかは分からないので、書かれている実務経験から候補者を絞り込んでいく。アメリカでは年功序列ではないが、シニアデザイナーといったらこれくらいの年次、デザインマネージャーといったら最低これくらいの実務経験、などのなんとなくの目安は存在する。実務経験が1年しかないのにマネージャーポジションに応募してきている、といった候補者を通すことはよっぽどのことがない限り難しいだろう。

また、ジョブ型採用では学歴は本当に間違いなく問わない。デザイナー職に哲学の学位のある人が応募してこようが、そこで落とすことはない(むしろそういう人材の方が面白いまである)。だが、自分と同じ学校だったり、知っている学部だったらだいたいの雰囲気や人となりの想像がつくのは確かなので、有名校を出ていてマイナスになることはないだろう。

学歴よりも遥かに重要なのは職歴である。各候補者のレジュメには企業や役職名のほか、そこでどんな仕事をしたのか、2-3行で説明が付記されている。そこに募集ポジションに関連する実績や経験があれば、話を聞いてみようかとなる。GAFAをはじめとした誰もが知るような企業の勤務経験があるのもよい。それはネームバリューということではなく、そうした企業は採用プロセスがちゃんとしており、倍率も高いため、入るのが簡単ではないことを知っているから、以前そのプロセスを通ったというのは基本的な能力が備わっていることを示している。

業界や職種が異なると、彼らが求める要件やキーワードも変わってくるので、
岩渕も説明文を変えたレジュメを複数パターン用意していた。
それでも応募する立場からしたら、レジュメ通るかはほぼほぼ運

3. 1対1インタビュー

レジュメの実績・職歴から実際に話を聞いてみたい候補者をピックアップしたら、1対1の30分-1時間のカジュアルなインタビューの場をセッティングして、候補者と話をする。以前はこのプロセスからは対面で行われていたが、コロナ禍においてはオンラインで行うことが主流だ。
例えば今回はデザイン・フューチャリストの募集をかけ、自分の部下となる人材を探している場合であっても、自分だけと話すのではなく、同じチームの同僚2-3人とも1対1で話をしてもらい、何人かに意見を求めて多面的に評価・判断する

ハードスキルは見ない、ソフトスキルを見る

このインタビューの目的は候補者の人となりや、なぜこのポジションに応募してきたのかをよく理解することであり、いくつか絶対に聞きたい質問は事前に用意しておくが、基本的にはフリートークで進む。人によって採用の観点は異なるが、自分の場合は「Figmaが使えるか」「デザイン思考を知っているか」といったハードスキルはいちいち見たりしない。もはやそれらは聞くまでもなく使えて当然という風潮さえある。

それよりも大事なことはソフトスキル、特にコミュニケーション力だ。
コミュ力の重要性は今さら私がこの場で敢えて言う必要もないが、アメリカでのプロジェクトは国籍・性別・人種を超えたより多様なチームワークとなるし、そして特にデザイナーという職種においては、届けたいメッセージについて、他者と認識を正しく合わせ、適切に可視化する能力が求められるため、そうした他者に寄り添うコミュニケーション力は必須だ。

インタビューの中では候補者の過去のプロジェクトの具体的な話に始まり、今後のキャリア展望、チェース銀行のデザインカルチャーの話など、比較的ぼんやりしたトピックについても話し合う。その中で私が一番評価するポイントは、話しながら「今言ってることってこういうことですか?」と図やスケッチをその場で描いて認識を確認したり、画像検索をして頭の中にある抽象的な概念をイメージで共有するような、小さな意志の疎通だ。別にインタビューだからといって、口頭の会話だけでなくてもよい。オンラインなんだから画面シェアとかしたって良い。持ちうるあらゆるものを使って、解釈や認識の解像度をなるべく上げようとする態度、そこに「デザイナー」の本質が宿る。チームの誰と話しても一様に評価の高い候補者は、とんでもない実績がある人ではなく、そうしたちょっとしたことが自然にできる人であるように思う。

4. ポートフォリオレビュー

1対1インタビューで評価が良かった候補者は、実質的な最終面接となるポートフォリオレビューに呼ばれる。ホワイトボードチャレンジと呼ばれる、デザインのお題を与えて思考過程を見るような選考を追加で挟む企業もあるが、現在の私のチームの採用プロセスではダイレクトにポートフォリオレビューとなる。
これは全体1時間程度で、前半、候補者から過去の2-3個のプロジェクトや経験に関してプレゼン形式で発表してもらった後に、後半こちらから質疑応答するという形式だ。私のチームの場合には1人の候補者に対して10人程度が質疑応答で参加することが多く、オンラインとはいえかなり大々的な面接になる。

最近ではGAFAのデザイナー受かった勢などが実際のプレゼンをYoutubeで公開していたりする。雰囲気はこんな感じ。

成果物の完成度は見ない、そこに至るまでの過程を見る

私もアメリカ就活時に、ポートフォリオレビューを受ける身としてスライドを磨き上げたり、質疑応答の対策をするのに苦労したが、どうしてもそのプロジェクトで自分がやったこと・作ったものをアピールしたくなってしまうものだ。しかし採用する立場で何人かのポートフォリオレビューに立ち会うと、デザイナー職とはいえ、成果物の完成度は特に気にしていないことに気づく。

単発のプロジェクトの成功よりも、その候補者が採用後もそのスキルを汎用的に発揮できるかを見ているため、その判断を下すのにどんなインプットを参照したのかだったり、どういう風にプロジェクトの課題や困難を解決したかだったり、客観的に事実と考察を使い分けられているかだったりを見ている。

そのため、成果がいかに凄いか、国際的な賞を受賞したかを延々とアピールするような候補者や、"自分が良いと思ったので" この案を選択しました、みたいな候補者は、成果物のクオリティが高くとも不採用とした記憶がある。

あくまでの今回の募集にフィットするかを見る

また、ジョブ型の募集ではあくまでもその募集にぴったりマッチするかを最優先で見なければならない。リサーチもプロトタイプもプログラミングもできちゃいますみたいなデザイナーも昨今増えてきており、日本だとそうした「総合型」タイプが重宝されたりもするが、アメリカの場合、もしそれがリサーチに関する募集だとしたら、リサーチのスキルが特に傑出している必要がある。「何でもできます」「最初から最後まで自分でやりました」はアピールにならない(アピールしたくなってしまうが)。

以前、別のチームのサービスデザイナーポジションのポートフォリオレビューに参加した際、ある候補者は未来洞察の能力を示すため、学生時代のスペキュラティヴデザインプロジェクトを紹介してきた。そのプロジェクトの完成度や、候補者の未来洞察の能力を私は評価したが、サービスデザインの実践の経験が不足していたため不採用になった。あくまでも我々側は最もその募集にフィットしている候補者を欲している。

だから私も就活時代は多くの不合格通知を受け取り、だいぶ落ち込んだが、それは自分の能力や、やってきたことが間違っているというわけではなく、そのジョブにはマッチしなかっただけだと思うことにした。採用側としても、あまりフィットしていない人を妥協して採用するなら、募集自体を取り下げることの方が多い。採用側も候補者側も双方が結局幸せにはなれないから。だからアメリカのRejectionはお祈りメールすら来ないことも多いが、それぐらいカジュアルなものなのだと思う。

5. 採用の判断

ポートフォリオレビューまで終わったら、その候補者についてどうだったかを参加メンバーに意見を求め、採用するかしないかを判断する。基本的にはジョブ型採用の場合、1ポジションの募集につき採用するのは1人だけとなり、2、3人候補がいた場合は1人に決めなければならない。

1人目でも迷わず採用する

面白いことに、「この候補者は良い!」と全メンバーが太鼓判を押すなら1人目でも迷わず採用を出す。5人待ってから考えよう、ということはしない。なぜなら皆が良いなと思う候補者は他の企業の選考も進んでいる可能性があるからだ。
候補者の能力を測る定量的なチェックリストもあるが、全員が「ああ、この人いいじゃん」と思う空気になる時はたいてい定性的なもの、すなわち受け応えのロジカルさやポジティブな雰囲気、アドリブの回転の速さやユーモアセンスなどから来るものだ。

ポートフォリオレビューを終えた候補者2-3人の中で迷う、ということも、実はこれまであまり無かった。そこまでのプロセスで自分以外にも若手レベルからマネージャーレベルまで、何人ものメンバーがさまざまな角度で評価していれば、1人決めるならまぁこの人がいいよね、というのはたいてい絞られている。

ちょっとしたジョークを挟んでウケを取ったり、マニアックなデザインプロセスの小ネタで感心させたり(自分はこのタイプ)、最後採用不採用を分けるのは聴衆の感情を動かせる人かどうか、であるように思う。

以上が、今年力を注いできたアメリカでのデザイナー採用活動だ。
書いてきて思うが、アメリカだからと言って特別なプロセスや採用基準があるわけではない。学歴ではなく人を見る、結果ではなく過程を見る、自分だけではなく皆で見る。当たり前のことを当たり前にやっているだけだ。

アメリカのデザインどんだけすごいねん研究家の自分としては、ここにも特に特別なことは無かったので、安心して2023年に向かいたいと思う。

おわりに: 今年下期にやったことまとめ

こうしたビジョンデザインに関する実践経験について、あまりまだやっている人がいないためか、日本からも多くの問い合わせを頂き、今年は多くの場所で講演や寄稿の機会を頂いた。

コクヨさんのニュースレター「WORKSIGHT」

東北大で学生とのビジョンデザインワークショップ

ロフトワークさん主催のトランジションデザイン講演

来年も既にビジョンデザイン、トランジションデザインの分野で講師や審査員をする予定が複数入り始めており、2023年は特に世界でもっと活躍できるように頑張っていきます。

生活者の視点で「自分が生きたい未来」を夢想する国際ビジョンコンテストの審査員を務める。
グランプリ賞金5,000ドル、応募締切2023年2月15日。
日本からの応募もお待ちしております。

おまけ: 私のレジュメとポートフォリオプレゼンテーションの有料公開

最後に、今回の記事に関連する内容として、以下には岩渕がJPモルガン・チェース銀行の面接で使ったレジュメと、最新のポートフォリオプレゼンテーションを有料公開で添付することにする。私自身も相当に苦労したアメリカでの就活であったが、ここに数100時間を費やして作成したポートフォリオを供養したいと思う。

Google Driveのフォルダリンクのみ貼り付けてあり、今後も最新のレジュメとポートフォリオプレゼンテーションを更新したら置いていくので、海外もしくは国内でデザイナー就活をしている人などの参考になれば幸いである。

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