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【七十二候】「菜虫蝶と化す」【第九候】

暦(こよみ)への意識が「世界」を変える!?


今日もまた夕方から雨模様でした。

(執筆が暦に追いつけなくなったことを反省していたところでしたが。。。)


日中は京都で用事がありましたが、

お昼に立ち寄った京都御所では、早めの桜も見ることができました🎶


観光客でいっぱいだ!!!


夕方から雨が降る前のひと時に、本格的な春を先取りできた気分です♪(^O^)


ところで、

歴史を勉強すると、

京都御所の中の色々な史跡を目にしても、

一々「ああ、これは、例のあれだ!」といった気づきや発見に恵まれます。


それと同様に、

暦(こよみ)に対していざ意識を向けると、

小さな季節の変化や動植物に対して敏感になり、

「ああこれは、そういうことか!」という気持ちの変化を生みますね♪(^ ^)


「世直しは、余直しである」

という言葉を、かつてとある神道系の先生から教わりました。


「世界を変える」

と聞くと、どこか途方もないことのように思えますが、

「世界の観方を変える」

と聞けば、

要するに「自分が変わればいい」わけです。


大袈裟な見出し(誇大広告?笑)で申し訳ありませんでした!m(_ _)m


「菜虫蝶と化す」(なむしちょうとかす)


さて、二十四節気「啓蟄」(けいちつ)の【末候】に当たります。


一読してすぐにイメージが浮かぶ言葉ですね♪(^ ^)

いつも通り、書籍から引用をさせていただきます!m(_ _)m

冬を過ごしたさなぎが羽化し、蝶に生まれ変わるころ。
やわらかな春の日を浴びて、羽がみずみずしく輝きます。
(新暦では、およそ三月十五日〜十九日ごろ)

『日本の七十二候を楽しみー旧暦のある暮らしー』

すぐにポケモンの三段進化が思い浮かびましたが。笑

蛹(サナギ)から蝶(チョウ)への変化は「生まれ変わり」!!!

英語では「Metamorphosis:変態」として知られています。

「変態」って、いい言葉なんですよ!笑

(誤解されたらタイヘン困りますが。。。(^^;;))


春は、蝶と共に生まれ変わる季節
と心得ましょう♪( ^ω^ )


「魂の変態(メタモルフォーゼ)」


前回の記事でも「言霊学(げんれいがく)」について取り上げました。

小笠原孝次先生の「言霊(げんれい)」に関する膨大な著作の中で代表的な、

『言霊三部作』と言われるうちの一冊の中に、

「魂の変態(メタモルフォーゼ)」と題した一章がありました!m(_ _)m

次元の向上成育は、昆虫の羽化変態に似ている。木の枝で葉を食って居た幼虫青虫が蛹の殻を脱ぐと、美しい翅が生えた成虫になって花の蜜だけを食物とするようになる。古い魂の衣を脱ぐと、その下から生き生きとした新しい自分が生まれて来る

『言霊開眼』「魂の変態(メタモルフォーゼ)」より

ここでいう「次元」とは「ウオアエイ」の「五母音」で表されるもの。

(ここら辺も深すぎる話なので機会があればまた。。。m(_ _)m)


「次元が違う」と感じるものを、

古来日本人は「神」と呼んで崇めてきました。


それは例えば「空を飛ぶ鳥」だとか、「早く走る獣」だとか、

はたまた「人を乗せる船」や「水を蓄える器」なんかも「神」でした。


「神」(カミ)「上」(カミ)にあるもの。

上に見上げちゃう存在の中でも、

空中を自由自在に飛び回る様子は最たる憧れの対象ですね!!(^^)


五行の境涯が次々に変化向上するに連れて、生活全般に変化が起こる。食物も変わる、読む書物も変わる。事物に対する判断、理解力、価値観が変わる。交際の範囲も、住む環境も、社会生活全般が変わる。五行の段階は、人間の魂の「変態」Metamorphosisの過程である。魂と生活にMetamorphosisが起こらなければ、ウオアエイが向上して行ったことにはならない。その向上は、人間自己存在のpotential(位相)の向上変化と考えてよい。

同上 続き

「機会があれば」とか言っておいて、すぐ続きを書いちゃいました。笑


社会生活全般が変わる」ことが伴ってこその「魂の変態」。

ところで、「ウオアエイの向上」って、一体なんなんだ??

人間は一生の間に、ウからオ、オからア、アからエ、エからイと、四度の変態を経て、初めて成熟した人間、すなわち成道の仏陀となるのである。何時まで経っても、ウの境涯から脱皮し得ぬ人間を「一切の糞塊上に向って乱咬する底の衆人」(蛆虫、ウ字虫)と云う。

同上 続き

「ウオアエイ」の順に「四度の変態」を経て、

最終的に「イ」である「仏陀」の境涯に至る。


四度どころか一度も変態を遂げられないのを「ウジ虫」という。


蛆虫(うじむし)」は、実は「ウ字虫」だった!!!


言霊学(げんれいがく)の教えの多くは「ダジャレ」になっています。笑

何を隠そう、日本の和歌の伝統として「掛詞」がございます。


一つの音(響き)に、二つ以上の意味がある。

それを文脈に応じて瞬時に聞き分け意味を理解する日本人は、

他の言語を扱う人に比べても、かなりの読解力(理解力)を有しているとか。


日本語に込められた秘密も、ダジャレを理解することによって紐解ける?

先ほど「仏陀(ブッダ)」と出てきましたが、

「仏(ほとけ)」とは、「解く(ほどく)」達人のこと。


勢いで書きすぎてしまった感を拭えませんが。^^;


勝手ながら、本日はここまでにさせていただきます。m(_ _)m


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