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組織の規模とDX 【これからの医療とDX #9】

前回はDX投資の費用対効果についてお伝えしましたが、その効果は組織の規模によって異なります。具体的には、以下のような医療機関でDXの効果を実感しやすいと考えます。(※1)

- 50床以上の病院
- 月患者数2,000人以上の外来クリニック
- 患者数100人以上の在宅クリニック
- 従業員数30人以上の組織
- 1年以内に上記を目指す事業体

今回は、組織の規模とDXについて解説します。


規模とともに増えるコストとリスク

一般的に、組織の規模が大きくなるほど 、DXの効果や必要性は高くなります。なぜなら、規模が大きくなるほど増えるものがあり、それらをDXによって減らせるからです。”規模が大きくなるほど増えるもの” は以下の3つです。

1. 管理コスト
2. コミュニケーションコスト
3. 属人化に伴う業務停滞のリスク

管理コストとは、組織運営のために必要な間接業務の手間や費用のことです。例えば、採用では、候補者への連絡、面接対応、採用関連書類の確認や管理などです。人事に関係するものでは、入退職手続き、雇用契約、勤怠管理、給与計算、人事評価などが含まれます。その他にも、請求業務、経理業務、在庫管理などがあります。

組織の規模が大きくなると、職員が増え、採用枠が増え、伝票や在庫も増えます。職員数とともに人事手続きが増えます。採用枠とともに採用活動が増えます。伝票数は経理業務を、在庫点数は在庫管理業務を増やします。

例えば、1つの作業に3分かかるとしても、100回であれば300分、つまり5時間で終わります。しかし、500回であれば25時間まで膨れ上がります。1日の勤務時間が8時間の場合、3日以上の業務量になります。実際の業務環境で考えると、100回から500回への業務増加に伴い、確認作業を増やしたり、ミスが増えて事後対応に時間をとられたりするものです。これらの付帯的な作業量増加を考えると、作業回数が5倍になれば、実際の業務量はそれ以上になるでしょう。

次にコミュニケーションコストについてです。これは人とのコミュニケーションにかかる手間や費用を指します。規模拡大に伴って増えるコミュニケーションコストには2種類あります。1つは人数に伴うものです。職員数が増えた分だけ、より多くの人に情報を伝える必要があります。

もう1つは、心理的障壁、つまり職員同士の遠慮によるものです。小規模組織であれば、職員全員の顔や職種だけでなく、性格や趣味嗜好まで知っていることもあるでしょう。しかし、規模が大きくなるにつれて、顔さえ知らない人や、知っていても性格までは把握していない人が多くなります。お互いの ”知らない” が増えると、遠慮がちになり、情報伝達や部署間での必要な連携を妨げることにつながります。

最後に属人化です。ある特定の業務についての手順や関連情報を、一人または少数の担当者しか把握していない状況のことを属人化といいます。属人化された業務では、担当者がいないときに動かせなくなったり、該当業務全体の進行を遅らせてしまったりします。例えば、外来で必要な医療材料の発注を特定の職員1名に任せていたとします。発注が月20件など少数の場合はとくに問題ありません。しかし、月100件など発注件数が増加してきたときには、発注担当者が1日いないだけで、必要な医療材料が適切な時期に届かず、結果として外来診療に支障をきたすことになります。

ちなみに、業務を一人に集約させること自体は必ずしも悪いものではありません。とくに創業期や規模が小さい段階においては、担当者を専任とすることでノウハウが集まりやすくなることで、業務効率化を進めることができます。しかし、規模拡大や組織の変化によって、専任化の利点よりも属人化の欠点のほうが目立ってきます。それまでの最善策が業務遂行の妨げになり得ます。

以上をまとめますと、規模拡大に伴って、管理コストとコミュニケーションコストが増大し、属人化に伴う業務停滞のリスクも上昇します。その結果、経営者や管理者の時間が増分のコストと業務停滞時の対応にどんどん費やされていくのです。


規模に合わせて見直すべき3つの方策

このような状況を避けるためには、管理業務(※2)について以下の3つの方策があり、いずれもDXに関わります。

1. 業務の標準化
2. 業務の可視化
3. 心理的安全性の確保

1つ目の業務の標準化とは、標準的な作業手順を作っていつでも誰でも同じ手順で業務を行えていること、もしくは、それを目指すための取り組みをいいます。マニュアル化もほぼ同義です。各職員がもつ効率的なコツを”標準的な作業手順”として落とし込み、その手順を徹底することで組織としての生産性を高めることができます。また、標準的な作業手順があれば、どの手順にデジタルを組み込むかを検討しやすくなり、DX推進の一助にもなります。

業務の標準化で大事なことは「組織としての働き方像」を共有することです。自院がどのような職場環境や働き方を目指していくのかを明確にして、職員とともに取り組んでいくことともいえます。一般的には、「無駄がなく効率的」「一定以上のクオリティ維持」「誰かが休んでもヘルプができる」の3つを前提としていることが多いです。働き方の理想像を共有することで、何を”標準”とするかについて合意しやすくなります。

2つ目の業務の可視化とは、業務を目で見て把握できるようにすることです。ここでは、業務の流れと方法を文書に書き起こすことを指します。

基本的に、業務は形のないものとして存在しており、形のないものは触れることも変えることもできません。実際、病院で業務の作業工程を尋ねてみると、一部の作業工程で担当者が不明であったり、作業の順番についての回答が異口同音となったりします。

業務を可視化することで、より効率的な業務フローへの再構築を検討できます。また、人事や経理などで何か問題が生じたときも、可視化がなされていれば「どこに問題があるか」を特定しやすくなります。

最後の心理的安全性とは「対人関係においてリスクのある行動をしてもこのチームでは受け入れてくれると信じられること」です。平たく言えば、「間違っても大丈夫、助けを求めても大丈夫、意見を言っても大丈夫」と思えることです。率直に話し合えるチームづくりに必要な要素とされ、Google社が実施した社員調査でチームの生産性に最も相関があった因子としても有名です。

規模が大きくなれば知らない人が増え、知らない人が増えると心理的安全性は下がります。心理的安全性が下がると、率直な意見交換や相互の協力はなされなくなり、いつの間にかチームの生産性は下がっています。これを防ぐために、定期のチームミーティングをお勧めしています。

医療機関は患者中心に業務が設計されているため、会議は軽視される傾向にあります。もちろん、不要な会議を減らし、会議の進行に配慮して生産性を高める必要はありますが、「認識や運用のすり合わせ」のために定期のチームミーティングが必要だと考えています。とくに職員数が増えていくと、最初に共有されていた前提や関係性がだんだん薄れていきます。チームとしての価値観や、事例を通じて方向性を再確認するために、定期的に話し合う場をもつことは有用です。コロナ禍で対面で集合しにくくなりましたが、ビデオ会議や電話会議を組み合わせることで、長期間のコミュニケーション不足を補うことはできます。

規模拡大とともに増える間接業務に頭を抱えている方も多いのではないでしょうか。その原因は、管理コスト、コミュニケーションコスト、属人化に起因するものがほとんどです。今回紹介した3つの方策を組み合わせて少しでも悩みが解消できたらと思います。

次回は、「テキストコミュニケーションとDX」についてお伝えします。

※1 SaaSによっては個人や小規模組織でも十分に活用できるものもあります。
※2 ここでは、経理、人事、採用など組織運営のための業務を指します。


※本記事は、倉敷中央病院医事企画課係長 犬飼貴壮さんとデジタルハリウッド大学院大学特任助教 木野瀬友人さんにアドバイスを得て執筆しております。

<筆者プロフィール>
岩本修一(いわもと・しゅういち)
株式会社DTG代表取締役CEO、医師、経営学修士。
広島大学医学部医学科卒業後、福岡和白病院、東京都立墨東病院で勤務。2014年より広島大学病院総合内科・総合診療科助教。2016年よりハイズ株式会社にて病院経営およびヘルスケアビジネスのコンサルティングに従事。2020年より株式会社omniheal・おうちの診療所目黒でCXO・医師として、経営戦略、採用・人事、オペレーション構築、マーケティング、財務会計と在宅診療業務に従事。2021年10月株式会社DTGを創業、代表取締役CEOに就任。

<関連情報>
株式会社DTGホームページ

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