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「デザイン」への漠然とした憧れ

そろそろ、「デザイン」に漠然と憧れたい。


「デザイン」に漠然と憧れがある。

ロジック、テクノロジー、アート、物語、衝動…さまざまなジャンルにさまざまな切り口があり、自分が積み上げたすこしの経験でそういった各ジャンルをかけ合わせたようなことをやってみたい、と漠然と憧れている。
以前こちらで紹介した
2021年-自分を支えてくれたモノ|Iwakami Sho|note
「コテンラジオ」からのつながりで「超相対性理論」というポッドキャストを見つけ、よく聴いている。コテンラジオと同じフォーマットで3人が特定のテーマについて話すのだが、これがスゴい。
ご興味がある方は一聴いただきたい。
超相対性理論 | Podcast on Spotify

具体と抽象を行き来しながら、一つの事柄を、さまざまな角度と尺度とから見つめる。すると、同じものも、少し違って見えてくる。 観測点や参照点を増やすことで、知と知を星座のように結びつける。浮かび上がる新しい星座について、みんなで語りあい、考える。 それをなぜか、「超相対性理論」と名付けました。

紹介文より

スピーカー各人が非常に賢い方々なのが前提としてあるのだが、教養や学識があって、高いクロック数で知的に遊びつつ、その趣味がよくて品を感じるのだ。ハイブロウと呼ぶにふさわしい。すごすぎて聴きながら笑うことも多々ある。この「超相対性理論」に参加されている渡邉康太郎氏はコンテクストデザイナーという肩書をお持ちである。

「文脈をデザインするってこと?」
と想像できるのだが、
「企業の文脈を使い手に伝えるとか、ブランドの文脈を正しく顧客に伝える」
ではなく、
「届けたものが一人ひとりのなかで独自に解釈されて、咀嚼されて腑に落ちている、自分の持ち物になっている状況です。大事なのは、主語がちゃんと自分になっているかどうか。提供する側の文脈と使い手側の文脈が両方存在している。両方が主語として成立する、バランスの取れた状態。」
をコンテクストデザインと指すらしい。以下から引用
既知のものを未知化して見えるもの。Takram渡邉康太郎が提唱する「コンテクストデザイン」の真髄
☝記事の「強み文脈と弱い文脈がリレーされ入れ替わっていく」という考えはとても魅力的。
この渡邉康太郎氏が所属されているデザインイノベーションファームTakram(企む?)は各領域を深化させ越境させデザインの力でイノベーションを生み出している、らしい。
Takram

「デザイン」に漠然と憧れがある。 
「デザイン」を生業にして現実世界で新たな価値を再発見して見出す仕事に。あらためて憧れを感じる。
自分は「クリエイター」になりたいというよりは、複数の分野をかけあわせて「こんなおもしろいこと見つけたよ!」と伝え、一緒に楽しみたい感じなのかなあ、とぼやいて終わる。

なにとぞ。

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