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雑に生きる

雑草のごとく生きる。
いい言葉だ。
誰がオリジナルか知らないが、これは誰が言ったのか分からない方が価値のある言葉だと思う。
その人は雑草のごとく生きたのか生きれなかったのか。

雑草についてのイメージは人それぞれだろうが、取り立てて名前を覚えているわけでもそれについて調べるわけでもなし、日常的にアスファルトやコンクリートの隙間、公園や空地や畑に生えている草の総称であって、人によって刈り取るべき対象、都会の色づけ、我ら人間の都合どこ吹く風でどんな環境でもたくましく芽を出す小さくも大いなる自然を体現した存在というところだろうか。

雑について白川静「字統」を引いて一部抜粋。

もと色彩のある織物を組み合わせる意から、転じて佩玉や、他に組み合わせ、混合したものをも雑といい、学にも雑学・雑識がある。(中略)すべて純に対して雑という。

白川静「字統[普及版]」363頁 平凡社

まさに雑多なものを寄せ集めたという意味だが、そこに善悪正否の価値判断がなさそうなのがいい。
転じて価値のないことのようにも言われる雑草、雑魚、雑巾、雑兵。
純とは呼べないもの、純粋なものへ抽出できないカオス。
だがその名も知らない価値も定かでないうちに現れては消えていく存在が、この世界を下支えしていることを知っている。
そして名もなきものたちへの心安さ、親密さ、懐かしさは何としたことだろう。

無事であることと大事であることを日本の職人はすべからく目指していると言ったのは松岡正剛だが、無事と大事が行き過ぎて臆病さに取りつかれてしまっているのが今の日本社会の一側面かもしれない。
雑であることが意識の低さ、下手と同義のように扱われるのも分かるが、これくらいでいいのだというその精神のすっぱりとした快活さは日本を出てみると変な意識に囚われていたことがよく分かり、その空気感は私にはとても心地いい。
日本にいても、雑だね~と言える時間の心地好さは近頃実に尊い。

雑だが心地好いものについては日常色々と思い当たるふしがあるが、先日仕事場をシェアしているデザイナーとその先輩で現在無職の男と雑餉隈で飲んだ。
雑餉隈は私の地元と言っていい街だが、かつては中洲に次いで福岡を代表する夜の街だったという話で、今は再開発によって見る影もないが雑居ビルにひしめくスナックの看板、古くからあるであろう年期の入ったのれんを掲げる居酒屋焼鳥屋ラーメン屋が並んでいる様子はかつて子供心にここは子供の出歩く場所ではないと思わせた怖さと憧れを思い出させてくれる。
私は高校を卒業してすぐ東京の大学に行ったので、雑餉隈で飲んだ思い出は数えるほどしかなく、今は近辺に住んでいるとはいえすっかり寂れた雑餉隈界隈へ飲みに出ようという発想になることはついぞなかったが、彼らがすでに雑餉で飲んでいるというので夜それなりの時間に合流する。

そういった私の感傷は知らず、彼らは老舗らしい焼鳥屋のカウンターで先に飲んでいて、現在無職の男の十余年勤めた会社員時代のそれやその行く末等々をあてにカウンターで機嫌よくやっていて、店が閉まるのでどこか雑餉っぽいスナックとかに行ってみようと探す。
滅多にここらに来ない我々だが、どこら辺に何があるという私の地元ならではの地理感覚を頼りにさ迷ってみるとこれはと思える店が見つかり私は地元故に妙な緊張のまま扉を開くとこじんまりとして明るくも暗くもない店内のカウンターで岸田今日子のようなママが独りナンプレをしている。

一時間で2000円飲み放題だから若い女の子もいないわよと言って我々三人に作ってくれる黒霧島の水割りは絶妙な配分かつ、するすると進む酒を自然な動作で次々におかわりを作ってくれ、乾き物についても同様にエンドレスで出てくると思わせる手つき、我々40才前後の兄ちゃんたちの80、90年代のしょうもないカラオケに対してもちゃんと合いの手を入れつつ絶妙ないい加減さでやりとりをしてくれ一時間が秒速で過ぎる。
帰り道、無職男とこのような勘所をしっかりとわきまえながらどうでもいいんだよ何でもいいんだよ流れていくんだよという雰囲気のシリアスにならずにつかんで離さない恐ろしい接客の手練れの持つ軽みと雑さは正に雑餉隈のクオリティと人情を感じて楽しかったという感想を漏らす。
強靭な基礎を持つ雑は、軽みの中に凄みを感じさせる。
基礎のないうちは強さや知識等、積み上げてきた何かを誇る必要があるが、一旦身に付いたものはもはや人格そのものとなってただそこにいるだけで醸し出すものがあるようだ。
このような確かさを感じれるものについて好ましさを抱き、精神の自由さを感じて、丁寧とか雑とかを超えた普遍性に到達するのではないか。
そう言った酔いに任せた雑な思索もこうありたいああなりたいという執着と共に流れて消えて行くのが見える。

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