朋輩6・彼岸警察24時、捕物編

「土地建物全財産を長年の友である正木安吉に相続させるものとする」

江戸時代から代々続く小松菜農家、桑畑征五郎、享年85才の通夜でお坊さんが読経して帰った後で、隅の席にいた老人が懐から便箋を取り出していきなり読み上げたので、

周りにいた遺族は「あなた誰よ?」とざわついた。

「わしの名は正木安吉、征五郎さんのゲートボール仲間であるっ、遺言状の効力は絶対だからな!」

と以前征五郎じいさんがくれたという日付捺印付きの遺言状をひらひらさせて、

「こーんな一束いくらの小松菜ちまちま作ってる土地潰してマンション建てたるわい!」

と五件隣に住む金物屋のご主人、安吉じいさんは普段穏やかな老人の筈だが…と喪主で長男の長五郎は首をひねった。

おかしい、まるで「何かに取り憑かれている」かのように人格が豹変している。

老人への対処法その一、

とにかく穏やかににこやかに対処しましょう。

を順守して

「安吉さん、まずは遺言状の真偽を確かめなくてはならない。我々家族に見せていただけますか?」

「如何にも」
と安吉に取り憑いた桑畑家の先祖霊、優《すぐる》が

くっくっく、これで俺を勘当した親父とその子孫たちに復讐できる…

と安吉の体を借りて偽造した遺言状を己が霊力で征五郎の直筆に変えてやる…

と遺言状に手をかざした瞬間、その手首に、手錠がかけられた。

「はーい、生前の怨恨による遺言状偽造と現世の人間に憑依して事を起こす憑依騒乱罪の現行犯で確保ー。8月14日午前0時3分」

と康次郎が無線で本部に連絡する。な、何しやがる!?と暴れる書生姿の若者霊の首元を勘解由が十手で抑えた。

「通報者桑畑征三郎の大叔父、桑畑優《くわばたすぐる》!
勝手に土地を売ろうとして勘当されたのは自業自得…100年後の兄の子孫に復讐しようだなんて悪質極まりなし、縛に付けいっ!」

「るせえ、カネは命よりも重いんだあー!」

と連行されながら何処かの漫画の名台詞を下手人は口にした。

「ありがとうございます、ありがとうございます。先祖代々の財産を奪われる所でした…」

通報者の白襦袢を着た老人、桑畑征五郎が泣きながら康次郎たちに感謝を述べると康次郎は

「これが自分たちの仕事だから」

とマイ十手で自分のハンチングを持ち上げて照れ笑いした。


「あーあ、これで子孫への介入現行犯で3件目だよ…」

現世のお地蔵さんの隣には、見えない番所が設置されている。

「お勤めご苦労さまです」

と若い岡っ引き留蔵が出してくれた葬式まんじゅうを康次郎と勘解由は一気に三個食べて冷たい麦茶で流し込んでからやっと一息ついた。

「地獄の蓋が開いたこの三日間は殊の外忙しゅうござんすよ」

と両の衿に閻魔庁の閻の文字を白ぬきにした法被を着た留蔵は疲れた顔ではははは…と笑った。

康次郎は六個、勘解由が七個饅頭を食った時である、
緊急召集を伝えるサイレンが箪笥の上の真空管ラジオから流れた。

「緊急召集!現在廃病院で現世の若者5名相手に地縛霊がポルターガイストの最中。

悪質帰省霊と動物霊が集合してその数50越えるものと思われる。動ける者は大井競馬場近く◯◯丁目◯番地の病院跡に終結せよ。

…容疑者に対して冥界に強制送還の許可が出た」

斬ってよい。

との言葉を聞いて勘解由は張り切って腰の刀を抜いて点検し、

「うむ刃こぼれはないな…いくぞよ康どの!」

勇んで番所を飛び出そうとするちょんまげ先輩をちょ、ちょちょ待って!と康次郎が呼び止める。

「斬ってよい。って何?俺たち昭和のデカにとって『撃ってよい』ってこと?」

「ああそうか、そなたは廃刀令後の警官ゆえな」

と勘解由は留吉に命じて予備の日本刀を持ってこさせて康次郎のベルトにくくりつける。

「…マジで?」

「これでよし、行くぞよ康どの!」

生前の火付盗賊改方の頃の血が騒ぐ勘解由はてんで後輩の話を聞いちゃいなかった。

いわゆる心霊スポットと呼ばれる廃病院に入った若者たちは、

「へへへ、霊が映り込んだらテレビ局に売れるぞ~」

と軽く邪な気持ちでマコトはスマホで内部を撮影している。足元には散らばったガラス片、壁際にはコイルの飛び出たマットレスが無造作に置かれている。

「ねえねえ、タクちゃんこの部屋何も無いから花火しよう!」

とタクヤの彼女ユカリは持ってきた花火セットを取り出した。

今の若者たちはとって怖いものは生きた人間であり、実体を持たないものを本当に怖がりはしないのだ。

そんな若者たちの不遜な無軌道さを見えないもの達は羨ましくも恨めしい…と数多の霊たちが襲いかかった。

ますは、きゃははははは!と憑依されたユカリはロケット花火の炎をマコトの背中に向ける。マコトのTシャツの背中が焦げてあちっ!とのけ反った彼の手からスマホが落ちる。

「何すんだよユカリ!」

怒って振り返ったマコトを、落武者、白装束を着た霊、首からロープを垂らした女性が囲み、

「何すんだよ。って文句言いたいのはこっちだよ」

と言ったと同時にぴしっ、ぴしっ!と部屋中でラップ音が鳴り、マコトの彼女でこれまた憑依されたマユミが背後から彼氏の首に腕をかけヘッドロックする。

「お前が二股してることぐらい知ってるんだよ!」腕に力をこめて首を絞めようとする。

五人の中で嫌々連れてこられた同級生のマキの先祖霊、丁稚の一松さんが急いで閻魔丁に763(ナムサン)番通報をした。

はあはあはあ…と一人だけ廃病院から走り出たマキの目の前にいた男二人に襲われる?と一瞬身をすくめたが…

一人はアロハシャツにジーンズの中年男。もう一人は侍のコスプレをした若者で不思議と恐怖は湧かなかった。

「一番乗りは我々のようじゃな」

「お嬢さん、心霊スポットを遊び場にするとこうなるんだぜ。とっとと逃げな」

うなずいたマキが走り去った廃病院の中では赤黒い瘴気をまとった悪質幽霊たちが若者に襲いかかっている。

程なくして勘解由の同僚だった同心たちも駆けつけて来た。

「うむ、流石は火付盗賊改方、行動が早い」

「今宵は腕が鳴りますなあ、小田島どの」

同心、橋本伊織は腰の太刀を抜いて勘解由に笑いかけた。

「あの…俺、人を斬るなんてやったことがねえんですけど」

勘解由の朋輩の言葉にまったく、明治後の若いものは。と伊織は舌打ちし、

「その刀で斬ると相手は冥界に強制送還される。相手はとっくに幽霊だから殺人ではない。スポーツチャンバラのノリで斬りかかれい、行くぞ!」

おおーっ!とやっと集結した火付盗賊改方with今川康次郎刑事は生者になぶりものにするお盆悪質幽霊に斬りかかった。

次回「大捕物編」に続く。

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